効率化できないことを大切にするために、効率化する


効率化できないこととは、人の中にある感性であったり、感動(とそれを生みだすすべてのもの)であったり。

情熱であったり。 人の中にみる輝きであったり。

効率化が足を踏みいれることのできない それらの聖域を本当に大切にするためにも

効率化できることを効率的にしていくことって、すごく大切だと感じます。


効率化できないそれらの大切なことを きちっと尊重していくという軸をもったなかで

初めて 効率化のシステムが活かされるのではないかと 私自身は 思います。


例えばインターネットの普及

大切にするその軸が揺らげば、時間という大切な要素を非効率に使うことにもなるだろうけども

その軸が揺らぐことさえなければ、インターネットの普及がもたらした価値は非常に大きいと思います。


身体という側面でいうと

効率という面で言えば、水分をいいタイミングで補給し、それこそ消化という多大なエネルギーを使う作業の負担をなるべく軽くしつつも 必要な栄養素のきちっとした確保。 

効率化が踏み入れない面でいえば、食材、つまり自然の恵みとのコミュニケーション、、また 料理の向こうにある、食材を最大に活かした調理をしている人との無言のコミュニケーション。


それらが調和して協力関係を築いていると すごく豊かだなと感じます。


私自身は栄養素の確保という部分で、サプリメントを摂り入れるという手段も加えることができたので

本当に 食事(食材、その他の環境)といい関係(コミュニケーション)を格段に保ちやすくなりました。

そのサプリメントという非常に効率的に身体をサポートしてくれるシステムも

効率化できないものを軸としてもっていて初めて活かされるのだと感じます。

それは、

食材が持つ美しさやそれがもたらす感動であったり、食材に手を加えて調理される方の創造性や愛情など。

また、栄養素(材料)的な側面で効率的なサポートを身体に提供行く中で、その身体を使って生み出されるもの

そうした効率化が及ばない領域をいかに大切にするかだなと。


効率と非効率が本当の意味で いい関係を作り上げていけるといいなと感じます。









以前 セルフイメージと経験と目標の3つの輪について書いたように思うのですが、

その中で 本当にセルフイメージというのは大切だと感じます。


行動(経験)と目標がすごく大切というのは 常々意識がいくところ

以外と見落としがちなのが、セルフイメージ

その中でも いかに自分を肯定(&信頼)できるかが、行動と目標のサイクルをまわす鍵と

なっているような気がします。


セルフイメージが上がると、行動が格段にしやすくなり、逆にセルフイメージが下がると、

かなり重い歯車を回すように、かなりの意思の力が必要になるように思います。

もちろん、意思の力で、そこ(実際の行動の部分)を動かすことが 又セルフイメージアップにつながり 

そのことがいい循環を生みだすので 

行動から自信につなげることはすごく大切な要素だと思います。


そうした中で、セルフイメージをあげる方向からのアプローチも 「有り」だなと o(^-^)o

目標がきちっと設定されている場合は、 セルフイメージをある基準まであげることによって

行動が格段にしやすくなるように感じます。


セルフイメージをあげる方法は?というと

単純な方法は、次の3つかなと思います。(専門的なことはプロにまかせるとして、、)

①否定的な言葉をしばしの間 遠ざける。 つまり、否定的な言葉を投げかけてくる人が近くにいたら、暫くの間そのことばを聞くことのないように、自分がその場から移動する。

②話のわかる好意的な人であれば、セルフイメージをアップさせたいので協力してほしいことを伝えて、肯定的な表現を投げかけてもらうよう依頼する。

③とにかく自分の夢・目標をイメージする。それに関連したものを観る、触れる。


あとは 本当の意味でのセルフイメージ

自分が勝手に思い込んでいる自分のイメージを 紙に書き出してみて

「う~ん、そのとおりに演じてるな~~」と感心して(笑)

次に できればこうありたいな~ と思うイメージを書き出して

そして そのイメージで 新しい自分なりきりボーイ(ガール)で!!

まわりの人たちは、以前の自分のことは、そのうち忘れてだんだん慣れてくるから 心配無用!音譜


やっぱり 紙に書き出して 明確に言葉としてしっかり認識するのが ここでも役立つみたいです。







映画「奇跡のシンフォニー」 2回観にいきました。 


一回目に行った時は、最初のあたりから涙が止まらなくなり、ずっと泣きっぱなしで、

2回目は、男の子が初めてギターに触れて弾きだすところから涙がとまらなくなり、、、


今でも そのシーンを思い出すと うっあせるとなります。


2回目に見たときに、ふとあるシーンが浮かんできました。

1年位前に、中学生が合唱しているのを見る機会があり、その指揮をしている中学生の姿を見て

涙がとまらなくなったことがあるのを思いだしました。 


そのとき、指揮をしてるその子の中にある凄い可能性を、

言葉では言い表せないくらいに感じたのを記憶しています。

あぁ、この子たちは 凄い可能性を秘めているんだと・・・ 私たちの想像をはるかに超えるほどに


指揮をしていた彼女の中にあるものは 大人よりずっと大人で、、、  

大人は、それをいかに ひきだす、、というより、、よりそう、、、、というより

それこそ シンフォニーを一緒に奏でていけるかだと 


映画を一回目に観にいったときは、なぜ涙がとまらなかったのかが わからなかったのですが、

二回目に観にいったときに、思い出したそのシーンがつながって、

自分が何に、感じ、何を大切にしたいのかを 改めて見直す機会になりました。


後半に、父親が子供とギターの連奏をするシーンがあるのですが、

そのときの 父親のまなざしが すごく印象的で


あのまなざしを送ることのできる大人が増えていけば 

本当に子供たちの未来は明るいだろうなと、

そして、子供たちだけでなく、大人も一緒になって素晴らしいシンフォニーを奏でていけるだろなと。