この世には二種類のアメブロブロガーがいる。
金のための人と、暇つぶしの人だ。
1つ目。金のための人。自分の宣伝であったり、コンテンツに関する情報のブログを作る。能力がある人、自分の需要とぴったりな人は、とても有益なコンテンツを作るし、簡単につながりも持てるから有用。でも、圧倒的に、能力がない人が多いから残念すぎる。
2つ目。暇つぶしの人。圧倒的多数。ブログの内容は、だらだら無益なものばかり。俺もこれ。
もしこれ以外があるなら教えてほしい。
意識高い系の人が、自分を成長させるために、ブログやってます!っていうのは、暇つぶしの人であることは自明です。
自分の小さな「箱」から脱出する方法のレビューです。
自分の小さな「箱」から脱出する方法/大和書房

¥1,680
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以下の問いかけについて考えると、この本を読むべきかどうかがわかります。
□電車で優先席に座っていた時、老人が来たことに気が付きつつも、気が付かないふりをして狸寝入りをしていた。
□まるで気が付いていないかのようなそぶりでごみをわざと落とした。
□自分が成功できないのは、何かコツを知らないからだと思っている。
□できなかった依頼の言い訳に、ありもしない出来事をでっちあげた。
□チームでの活動において、他人を能力のない足手まといだと思っている。
□耳障りのいい言葉を使って、心の中では軽蔑しながら、自分の望み通りにさせようとした。
□周りの人のことを「我慢」しなくてはならない存在だと思っている。
これらに当てはまった人はぜひ本書を読んでほしいですね。
僕も一部当てはまります。
この本を読んで、僕が自己正当化に陥っていることを自覚しました。
たとえば以前から感じている中国語講師への不満。これも自己正当化です。
まず、僕自身が持っている目的は、中国語をある程度身に着けることです。
中国語講師へ不満があるのならば、正当にそれを主張するべきです。
しかしそれをしていません。
その理由は、なぜか。
講師にいちゃもんつけるなんて評価が下がるし、したくない、と思っているからです。
非常にナンセンスですね。
その一人の講師の視線を気にして中国語を身に着けることができない、
という論理は非常にばかげています。
本当の理由は自分を被害者にしたいから。
中国語講師の悪い講義を受けさせられているがために中国語が勉強できない自分、
というものを演出したいからです。
明らかにこれは自己正当化ですね。
このような自己正当化は一見不快であるものではあるが、心地のいいものでもあります。
自分に非があることを見なくいいからです。
人は無意識にこのような自己正当化に陥ってしまいます。
自己正当化に陥れば、目的を達成することは難しくなります。
自己正当化によって目的を果たすための行動をとれていないから当たり前のことですね。
これは大きな問題。困ります。
自己正当化に陥らないように気をつけなければなりません。
自己正当化は、自分で気が付くことが難しい。
しばしばこの本を確認して、自分を見つめなおしたいですね。
・・・・・・・・・・・・・。
…とはいうものの、僕はこれを読んで中国語を勉強できるのだろうか。
ぶっちゃけ無理だと思ってます。忙しいから。
でもこの忙しいというのも自己正当化です。
いくら忙しいといっても、1日に15分の時間を捻出できないほどではないから。
それさえやってないでしょ。
実際は、やりたくない、面倒くさい、わけなんです。
僕は無能なんだ。目的意識を持ちつつも、ちっとも行動を起こせない愚か者なんです。
↑のようなことがあなたには当てはまるだろうか。
だとすれば、どうすべきだと思うか。
あるいは僕に対して、どうアドバイスする?
僕は、「僕は無能なんだ」という考えさえも、自己正当化ではないかと思っている。
僕が行動できないのは、"面倒くさがりの僕"のせいだと思っている。
無意識に自分を二分して、"本当はできる僕"というものを守っている。
本当は、"僕"はただ一人なのにね。
このような状態に対して、どうすべきなのか。
僕の独自の解釈ではあるが、他人に対する自己正当化と同様に対処すればいい。
"面倒くさがりの僕"を責めずに、一人の人間として尊重すればいい。
"面倒くさがりの僕"というものを責めない。
勉強を面倒くさがることは理解できるから。
この僕を、一人の人間として尊重してやる。
二人の意見が対立したとき、どちらの意見も尊重しようとするのと同じように。
その結果、実際の僕はどう行動するのか。
まあそこらへんはご想像にお任せします。
興味がある人は、ぜひ本書を読んで考えてみてください。
自分の能力を高めるためにアメブロを始めました!
アウトプットすることが大切です!
ブログを通して刺激を受けられたらいいなと思います!
…それ、本当ですか??
アメブロで自分の能力が上がるんですかね。
ブログで文章を書くから文章能力が上がるという主張なら、なおさら、「本気なのか」と問いたい。
文章能力を上げたいなら、文章を評価してもらわないと、勉強できるとは思いません。
上がるとしても微々たるものです。
評価はコメントで受けるっていうんでしょうかね。
そういう人は一体どんな評価コメントをもらっているんでしょうね。
実際はコメント0だったら(笑)ですね
その点だけいえば2chの方がいいかもしれない。
下手な文章を書けば「日本語でおk」ってちゃんと評価してくれます。
もっとも情熱のこもった書き方指導なんてしてくれませんが。
ブログを通して刺激を受けられたらというけれど、刺激を受けるってコメントのことですよね。
で、そういう人のブログを見ると、コメント0みたいなw
あったとしても、「すごいいい考え方ですね!」「勉強になりました!」とかだったり。
え、なんの刺激もらってんの?みたいな(笑)
ブログを開設したばかりの人はまだ仕方がないですね。
でも6か月とか立ってくると、いい加減気づきましょうってなります。
じゃあ、なんでそんな人がたくさんいるのか。
確かなことは言えません。でも一部のケースだけなら言えます。
まさに僕がこのパターンでした。
(つまり僕自身、能力を高めるために!といってブログをやっていた)
能力UP目当てでブログを始めてしまう人がいる一つの理由。
それは、憧れです
人気ブロガーに元気づけられる。その人をすごいと思う。
自分もそうなりたいと思う。
そういう人になるためにブログをやろうと思う。
ブログをやることで、そういう人になれると信じて。
実際には、その人はブログをして文章能力を上げたわけではなく、
文章能力があったからブログで人気を集めたということには気がつきません。
本気で文章力上げたいなら、ほかの選択肢もあるだろうに、それさえも見えない盲目的状態。
危ないですね。
全く、昔の自分にあきれますわ。
気を付けましょうね。
じゃあ、お前はなんでブログやってるの?ってことになります。
すでにブログをやる理由を書いていますが、明らかにこの記事と矛盾しています。
結論だけいえば、「あの記事をあげた俺がばかだった」ということです。
またこのことも記事にするかもしれません。