二学期相変わらずのクラブ活動で帰宅は八時を回っていた

何時も通り店で食事を取っていると

隣にいた客が、気楽に話しかけてきた


話のやり取りはこうだ、「勉強しているか」

「この頃のやくざも頭がよくなきゃだめなんどぞっ」

「え、おじさん、やくざなんですか」

「おおっ、浅草の○○会だ」

「僕、やくざ嫌いですから」

「なにっ、あんまり生意気なこと言ってると、若い衆に言って、絞めちまうぞ」


こんな短い会話だった

その日は、母に免じて勘弁してやるといった具合だった



その後何度か顔を合わせたが、この時の無礼な態度は気にもせず、何時もにこにこと話しかけてきてくれた


何々組の大幹部も実は人情家だったようだ

この人には後で大きな借りを作ることになる


この頃になると中学校の運動音痴が嘘のように、運動でも目立ち始めた

100メートルでは11,25秒の記録を持っている

今では大したことのない記録だが、当時としては国体レベルだった


サッカーもかならずボールが近づいてくる位置にいた

勉強もトップとはいかなかったが、まぁまぁできた方だったと思う


中学時代からの努力がやっと形になってきた格好で、タイミングがよく自分から惚れ込んでしまうような先生にめぐり合えた


ただ学外では相変わらず、他校の生徒には悩まされていた


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この時、かなり威圧されて怖いと思いました

礼儀の大切さを学んだ気がします


そして、中学から三年という期間の努力がやっと報われだした、このことを意識し始めました。目的を持ったときの、諦めの悪さは、この頃からだと思います


私は何時も、『何故』を抱えています

素直じゃないと言えばそうかも知れない

だから、変人なんでしょうね(=⌒▽⌒=)