私の生まれ育った所は筑豊というところで炭鉱で有名だった

少し昔の名残はあるようだが、当時の面影は今は無い


かなり荒くれものの住み着いた町である

五木ひろゆきの小説で有名になった筑豊

リアルにその環境を表現してある、盆祭りといえば必ず喧嘩騒ぎ。


父は開拓者であった


広大な山を開墾し自分の畑にしていた

後でわかった話だが随分借金もしていたようだ


一つ向こうの山は、二つのぼた山がそびえ

その地域ではシンボルのような物であったと思う


家の前の道はまだ舗装もしていなかった事を覚えている

東西か南北か記憶に無いが、一キロ程行くとどちらにも小さな集落を形成しており


片方は炭鉱の長屋があり少しばかりの店がある

大概の場合はここで買い物を済ませていた


反対側のもう一つの集落は、もう少し大きな集落で

やはり中心部には市場的なものがあった

買い物も時々はこちらを利用する


中心部から少し手前に、朝鮮の人たちで形成する

長屋があった、不自然に中心から離してあるように

別の道もあったのだが、私の家からは其処を抜けると近道になるのでよく利用していた


どちらの集落にも中心には、風呂が設備してあった

ざらついたコンクリートで出来た風呂である

当時、幼児の私はその風呂が千人も入れそうな大きな物に思えた


あのざらついた感触は今も感じる

うる覚えではっきりしないが、無料ではないかと思う