親戚宅訪問した後、21日には横浜に帰るから、今日のうちに母と観光しようと思って

「どこに行きたい?」

と聞いてみたら、

「九年庵に行ってみたか~」

と言ったので、途中吉野ヶ里遺跡も通るから、吉野ヶ里遺跡、九年庵と回ってみようと、母と観光に出掛けた。

でも、時間的に遅かったから、残念ながら吉野ヶ里遺跡は17時に閉園していたので、1周回って外から見ておしまい。


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場所的には看護学校の近辺で、看護学校を卒業する年に吉野ヶ里遺跡が発見されて、まだこのように綺麗に整備されていないとき、看護学校の友人達と一緒に見学に行ったのよね。

それで、宿舎の庭あたりからも遺跡がでるかもしれないと皆で宿舎周辺を掘っていた(笑)


今じゃ、道路も増えて、駅まで出来ているし、駐車場も整備されていて、びっくり!


次は九年庵に向かった。

九年庵は明治から昭和初期に活躍した佐賀の大実業家伊丹弥太郎氏の旧別邸で、9年かけて建てたという数奇屋造りの邸宅と庭園があった。


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国の名勝にも指定されているくらいの邸宅ですが、実は、ここは紅葉と新緑の時期しか一般公開していなかった。

今年は11月15日から11月23日までの9日間だけ!

残念ながら、ここも外からしか見れませんでしたね。

でも、私は、この九年庵も看護学校時代、その紅葉の時期に中を見学したことあり、『佐賀の小京都』と言われるくらい、日本的な屋敷があったことを今でも記憶に残っています。


吉野ヶ里遺跡も九年庵も母と一緒に中に入れなかったけど、元気なうちにまた観光できるといいね、と帰路につきました。


実家に到着して、母の手料理を食べてまったり。


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親戚宅のオクラと冬瓜入りの煮物。

そして、前日が中秋の名月だったこともあり、母が作った黄な粉の団子を食べて、もう動けずそのまま朝まで爆睡していました。