独り遊びはお好きですか?

先週土曜日、60歳にして初めて映画を三本観ました。
朝、11時より夜7時までかかりました。

「ツリー・オブ・ライフ」を観ようと思って映画館に行ったのですが、
あいにく時間が16:30からでした。

そこで、その間に「ライフ いのちをつなぐ物語」
そして「日輪の遺産」を続けてみたのです。

映画館は、横浜桜木町の横浜ブルク13です。

素晴らしい設備で13スクリーンもあり、
それぞれのスクリーンがゴージャスで椅子もゆったりとしていて
全く疲れません。

また、ビルにはレストラン&カフェが20近くあり、
カフェバーからは港が一望できます。

私は、梅欄で評判の焼きそばを戴きました。

これが美味しいんです。

チケットを見せると飲み物がサービスされます。

独りでありながら極上の時間でした。

そして、翌日曜日、朝4時に起きて、車で港が見える丘公園に行きました。
邂逅~木村孝オフィシャルブログ-港が見える丘公園

公園前に駐車して山手付近を散策しました。

フェリス女子大、山手教会、イタリア公園、また個性ある邸宅、横浜随一の住宅街です。
$邂逅~木村孝オフィシャルブログ-山手町邸宅

2時間ほど散策して公園に戻るとラジオ体操をしているのが見え、そこに合流。
邂逅~木村孝オフィシャルブログ-ラジオ体操風景

その後に、山下公園に行き、スターホテル横浜で港を観ながら独りで食事。
邂逅~木村孝オフィシャルブログ-山下公園

穏やかで静謐な時間です。

午後は、お気に入りの天然温泉薬石浴「嵐の湯」でほぼ3時間独り静かに過ごしました。

独りでいてこんなに充実した時間を過ごせたのは初めてです。

仲間と騒ぐのも良し、独りで静かに過ごすのも良い、
囚われない自由さに感謝した二日間でした。
丸野廣先生は精神科の医師です。

先生との出逢いは、30年近く前に、
日経新聞にストレスマネジメントに関して連載をしていて知りました。

日本で最も初期から、ストレスマネジメントについての
啓蒙と治癒についてのメッセージを発信している先生です。

ストレスマネジメント研究所を設立され、
まさにストレスマネジメントのパイオニアといえるのではないでしょうか。

それ以来、先生には顧問のような存在になっていただき、
何でも相談し、また、精神的に落ち込んでいる方をご紹介しています。

先生の魅力は、全てを受容して下さることです。
病気もその人の個性と話されます。
どのような方をご紹介しても、先生は何でも話していい雰囲気をお持ちですので、
その方は安心して語り出します。

長年のご経験から人間を丸ごと受入れられる人間観と受容性を身につけられたのでしょう。

そして、プロ顔負けの歌も魅力です。

とくに『What a Wonderful World』は絶品です。

ちなみにこの歌の詩は、

『~真っ青な空、真っ白い雲~
世界はなんて素晴らしいんだろう
世界はなんて美しいんだろう
生きているってなんて素敵なんだろう
生きているって本当に素晴らしいことなんだろう』

まさに先生の極地のようです。
邂逅~木村孝オフィシャルブログ-丸野先生
暑さも穏やかになり、白金の事務所の前の東京都庭園美術館の庭園を散策した。

今日は訪れている人も少なく、一人庭園で静かに過ごした。

庭園のベンチで結跏趺坐を組み、ゆっくり呼吸をしていく。

15分ほど雑念がわき上がってくるのを流れるままにしておくと、
そのうちに自然と一体になったような静かな時が感じられる。

これまで、外にばかり意識を向けて来た。

このようにして内に意識を向けても落ち着かない時が多かったが、
最近、内に意識を向けていくと、時に瞬間ありながらも、静かな一時がもてる
ことができるようになってきた。

自分とつながると、あれこれと振り回されないようだ。

外でいろんなことが次々と起こるからこそ、意識して内なる自分の静けさとつながり
一瞬でも穏やかでいたい。

邂逅~木村孝オフィシャルブログ-庭園美術館
7月末、エニアグラムファリリテーターの合宿が行われた。

二十名教の参加者で二日間、いろいろ語り合った。

年に一回あう方もいるのだが、会うとその場でありのままの自分でいられる。
それがエニアグラムを共に学ぶことの意味と楽しさだ。

エニアグラムの人間学のメッセージは、一人ひとりが多様な存在として価値がある、
そして完全でないからこそ人間なんだと伝えています。

さらに、エニアグラムの教えてくれることで囚われという概念があります。

これは、人は自分が無意識にもっている思い込みのことです。

もっとも囚われに気づいてもそれが無くなる訳ではありません。
ただ、この囚われに気づくと生きるのが楽になってきます。

要は、自分をちょっと離れて観察し、
今、自分がどのように考え、感じ、行動しているのかに意識を向け、
その自分を受入れ続けることが大切なのです。

既に、これまでエニアグラムの入門書を書いてきましたが、
今度は、より日常に活かすための本を紹介したいものだ。
 J2のサッカーチームFC岐阜のゼネラルマネジャーの今西さんとは、サンフレッチェ広島時代からのお付き合いでもう20年以上となります。1994年にサンフレッチェ広島が優勝した時の感激は今でも忘れられません。
 さて、その今西さんがよくおっしゃいます。
『サッカーは、世界でもっとも人気のあるスポーツだ、何故ならサッカーは、その国の代表としての誇りを持ち、強みを最も活かした闘いをしなければ勝てないのです。』
 ブラジルに代表されるラテン系は、個人技が強い、ゲルマンのドイツは、戦略的組織を大事にしていると云えるでしょう。そして,イタリアは戦略的組織とフィジカル面を活かした個人技も尊重しています。
 それでは日本の強みはなんだろう?
それは、日本人であるDNA,即ち、深いところで互いを信頼して一つになれるチーム力だと今西さんは云う。例えば、南アフリカ大会での活躍の大きな要因は、チームが一つになった!と表現された。
 では、どうすればチームが一つになれるのか?
 日本の選手の課題は、遠慮して自分を抑えてしまい、我慢して遠慮したまがいもののチームができやすいことだ。これは,チームでない、仲良しチーム、グループに過ぎない。
 闘莉王選手のようにそれを言っちゃおしまいというような爆弾発言をすることを許容することだ。それが引き金になって,本音のコミュニケーションが始まります。そして、ビジョン実現に向かって、全員がそこに参加し、喧々諤々やり合いながら結果としてチームの一員としての存在感を獲得していくのです。そうなって初めて『チームが一つになる』のです。
 現在、FC岐阜はJ2最下位と苦戦していますが、まさに、ここからチームを立て直し、チームが一つになっていくことを期待しています。
 
$邂逅~木村孝オフィシャルブログ
横浜山下町に本社がある上薬研究所の田中社長を尋ねました。

目的は、私は現在、社会起業大学の学生をやっており、
二人の仲間と企業訪問をして、社長に経営の体験的コツを伺うということでした。

田中社長とは、15年以上のお付き合いがありますが、
約三時間のインタビューを通して、本当の田中社長の転機についてお聞きすることが出来
感動しました。

それは、「アガリクスの効能なし」という厚生省の発表により
本業の健康食品ブームが急激にダウンし、
上薬研究所の売上も半減近くなってしまった2007年の忘年会の席でのことです。

前月には、総務の女性が朝礼の席で倒れ急死し、幹部二人も相次いで会社を去りました。
そのような厳しい席で、
残った社員がそれでも社長への感謝と静かな承認の声を発するのを聞いた時に
田中社長は、涙がこみ上げて来て、
ただただ社員への感謝の言葉しかなかったという体験を語ってくれました。

それ以降、
社員には怒ったことは一度もない、
そして、社員が自発的に行動している、
今の心境は、“皆といれば大丈夫、なんとかなる”

と思えるようになったとも語ってくれました。


田中社長の自然体で少年のような笑顔が印象的でした。
インタビュー後の中華街での会食も美味でした。

そして、改めて、

“修羅場は人間を磨く”

ということを実感しました。

邂逅~木村孝オフィシャルブログ-田中社長
先週、『レ・ミゼラブル』を見に行ってきました。

鹿賀丈史が私の高校時代の同級生で、仲間十数名で参りました。

深く感動しました。

何故こんなに感動するのだろうか?

気づいたことがあります。

何よりも鹿賀丈史が出演していること、そして、登場人物一人ひとりに自分を観ているのではないだろうかと感じたのです。

守銭奴の商人は自分の中にもあります、女を追いかける男の気持ちは自分の中にもあります、ジャベールの社会を正す役割は自分も持っています、ジャンバルジャンのパンを盗みながらも人を助け、社会に役に立ちたいと云う面も私の中にあります。

登場人物を通して自分のなかの様々な自分に気づいていく、まさにジャンバルジャンの物語でありながら、自分の物語でもあるから感動するのだろうと感じたのです。

そして、終了後、仲間と楽屋を訪ねました。

鹿賀丈史の青春の1シーンを思い起こしました。

ちょうど20才の時、近くだった千歳船橋の彼のアパートに行きました。
彼は、金がなく、借りていた部屋の電気もガスも止められ、水だけがでていました。
その水で頭を洗い、彼は言いました。

「何時の日か舞台にでたい!」

金はなかったけど、大きな夢がありました。
そして、彼の夢が実現したのです。

ジャンバルジャンは、鹿賀丈史の物語でもあるのでしょう。

$邂逅~木村孝オフィシャルブログ-レ・ミゼラブル
人生においてこの人に会わなければ自分の人生はなかったという出逢いが誰にでもあるでしょう。
私にとりましては、鈴木秀子先生がその人です。

思い起こせば、鈴木先生と初めてお目にかかりましたのは、1980年です。
『横浜心と身体を考える会』(会長は故東大心療内科教授石川中先生)という心身の健康を考え、実践する会に属していまして、その講師として先生がお見えになりました。
江ノ島の婦人会館での合宿で先生からワークショップを受けました。自分と向き合い、仲間とも語り合うその雰囲気にすっかり魅了されました。
それ以来、メンターとして尊敬もし、今日までご指導頂いています。

とりわけ、1991年に私が独立後、所属していた脳力開発研究所(志賀一雅所長)で開催したマインドシンポジウムの最大のイベントとして先生がファシリテートされたエニアグラムワークショップは忘れられない体験となりました。

人間には根源的タイプがある、そして,私も独特の半生を送って来たと自負していたものの、結局タイプに根ざした動機で動かされて来たことを思い知らされました。
それ以降、研鑽を積み、エニアグラムのファシリテータとして今日まで精一杯勤めてきました。
そして、鈴木先生門下生の第一人者(笑)と勝手に名乗っております。
本当に鈴木先生には、感謝しても仕切れない程の恩寵を受けて参りました。

今、私は幸せを感じています。その秘訣をご紹介して参りたいと思います。
今度は受けたものを世にお返しして参りたいのです。
人は人によって磨かれると言いますが、私は鈴木先生との出逢いから始まり、御陰さまでその後素晴らしい方々との出逢いが数多くありました。

このブログを“邂逅”と名付け、私の出逢った方々をご紹介もして参りたいと考えています。
どうぞ宜しくお付き合い願えれば幸いです。有り難うございます。

鈴木秀子先生のプロフィール


$邂逅~木村孝オフィシャルブログ