公園で、痩せ衰えた中年男がベンチに座っていた。外見からすぐに浮浪者とわかった。ボロい服を着て髪はボサボサで目を落ち窪んでいる。しかし、その男の爪は怪しく輝いていた。

 



 それは冬の肌寒いある夜のことだった。酔っ払ったやんちゃ盛りの若者たちが、ワイワイ騒ぎながら歩いていた、歳の頃は四十くらいのその浮浪者を発見する。男の一人が浮浪者を蹴り上げる。

「あ、ごめん。足が滑っちゃって」

   浮浪者は一切反応しない。口元は何故か緩んでいたのであった。

「ごめんな。おっさん」

    浮浪者は獣のように

「グルルル」

 と唸った。それが面白いようでその若者はまた蹴った。他の二人は止めようとしたが、男の暴走は止まらない。

「何がおかしいんだ。コラ!」

    というと頭を手ではたく。

「言ってみろよ」

     浮浪者は笑いながら呟いた。




「人間は死ぬことを最悪の状態だと考えているが、しかし、それよりも下の状態がある。呪われている。ということだ。お前も、呪われたいのか。俺みたいに……ふふふふ」
「うるせーよ。ジジイ」

    というと男はまた蹴り上げた。

「よし。じゃあ。見せてやるよ」

    浮浪者はそう呟いた。その次に、男は蹴りを追撃してきたのであるが、すっと浮浪者は、男の足を掴んで、空いている腕で股間に、信じられないスピードで二回突きを入れた。怪しく光る銀色の爪が何もかもを引き裂いたのだ。

「えぐわおっ」



  ズボンが裂けて、鮮血がほとばしる。浮浪者の指から、二つの血溜まりの睾丸が転げ落ちる。

「あぐほっ」

 倒れた男の顔面に、浮浪者は指を走らせる。銀色の爪は、深く男の眼窩を抉ってゆく。まるで、プリンのように柔らかい眼球が二つ地面に転がった。それを浮浪者はすぐに踏み潰す。

「あぎやあああ!!!」
   
   あまりの光景に若者二人は絶叫すると逃げ出した。浮浪者は、狂ったように笑うと、

「呪いは引き継がれるのだよ。ああ。解放されるっ。ありがたや。おぐはっ」

 晴れやかな表情になった浮浪者は、道路に走り出てダンプカーに轢かれて死んだのだった。

 公園に残された男はどうなったのか……。初め、困惑していたが、しばらくベンチに寝転ぶと、不気味な笑顔を浮かべる。指先を眺めると、銀色の爪が怪しく光り始めたのだった。

 男は、とりあえずどうしようか、色々考えたが、友人である二人を狙うことに決めたのだった。いつかは、この公園を通り過ぎるだろう。特に、こんなことがあったら舞い戻ってくるに違いあるまい。その時がこの呪いを引き継がせるチャンスであった。

 睾丸も眼球もない今、男には生きている意味が全くなかった。重苦しい激痛が思い出したように、男の全身を震わせるが、それも緩和されると、男は友人を殺す妄想に身を委ねることにした。それだけが身内から湧き上がる狂気から身を守る手段だった。後は、晴れやかな死が男を待ち構えているのだ。今、完全にあの浮浪者の気持ちがわかった。

 あいつも同じようなことをしたに違いあるまい。そして、浮浪者に銀の爪を授かったのだ。おそらくあれは、一子相伝なのであろう。本当に迷惑な話であるが、男は自分がその爪に引き寄せられていたようにも思えてきた。

 暗闇の中で、怨念だけが男の頭を占めている。とは言っても、こうなったことを後悔はしていなかった。変な感覚だった。むしろ、自分からこうなることを望んでいたような。死への一方通行のトンネルを通り抜けることを楽しみにしていたような気もしてきた……。