長谷川三千子の「からごころ―日本精神の逆説―」を読んだ! | とんとん・にっき

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長谷川三千子の「からごころ 日本精神の逆説」(中公文庫:2014年6月25日初版発行)を読みました。この文庫本のもとになった中公叢書版を、10年前に買って、持っています。が、読んだわけではありません。本棚の目につくところに置いて、読もう読もうと思いつづけてもう10年も経ってしまいました。どういう経緯でこの本を購入したのか、今となってはまったくわかりません。たぶん、どなたかが新聞などで推薦していたのを受けてすぐに購入したのだろうと思います。いずれにせよ、僕がいつも読むものとは大きく異なる難解な分野であることは予想がつきましたが、だからこそすぐに読むことに躊躇したのだろうと思います。


つい先日、新聞の広告欄でこの本が文庫化されて発売されているのを知りました。すぐに本屋へ行って文庫本を購入し、ざっと読んでみました。思っていた通り、なかなか難しい本でした。長谷川30代後半の仕事だというが、とても僕の太刀打ちできるものではありません。長谷川は、まったく僕と同世代の人でしたが、歩んできた道は180度と言っていいほど異なります。長谷川は年代について、大東亜戦争「否定」論の最初に、次のように述べています。


自分の生まれる前とあとでは時間にはっきりとした断層があり、生まれる前の時間は「闇」である。・・・昭和20年から21年にかけて生まれた者にとっては、それは単に無意識の個人的感覚ばかりであるばかりではない。現実に自分の誕生の背後がすっぱりと闇の中に切れ落ちてゐるやうに思はれて、自分ひとりではなく回りのすべての大人達がそれを認めてゐたのである。「闇」が自分達を生んだ―これが終戦生まれの自己理解であった。


長谷川三千子の「からごころ―日本精神の逆説―」は、「からごころ」「やまとごころと『細雪』」「『黒い雨』―蒙古高句麗の雲」「大東亜戦争『否定』論」「『国際社会』の国際化のために」という6篇の論文からなっています。その最も重要な論文が冒頭の「からごころ」です。解説の小川榮太郎は、「どう重要なのかを合点するのは存外難しい」としながら、次のように述べています。


長谷川氏は、この論考で、本居宣長の「からごころ」論を引用し、それを読み解く小林秀雄の文体をなぞりながら、宣長の「からごころ」論と小林の読みの交点を、古代日本の言語経験としての訓読に見出してゐる。その辺りから、訓読の構造を丁寧に解きほぐしつつ、それと背中合わせとなる仮名文字の発明の意義を明らかにしてゆくくだりは、本書の中でも、とりわけ鮮やかな箇所・・・。


「無視の構造」は、たしかに日本文化の根本構造であり、もっともすぐれた特質をなしているものである。けれども、そこには底知れぬ「おぞましさ」が、ぴったりと背中合わせになって張りついてゐる。という長谷川に対して、小川は、次のようにいいます。


つまり、氏が辿りついた場所は、訓読や仮名文字といふ、日本を日本たらしめる上で最も決定的な民族固有の発明が、同時に、日本人が日本人であることを喪失してしまう「からごころ」の、構造的な源であるという結論だった。これ以上ない程鮮やかな結論だ。が、同時に、絶望的な結論でもある。


「からごころ」は、本居宣長や小林秀雄の文章を借りて語っているので正直言って難解ですが、それに比して、以下の4篇、「やまとごころと『細雪』」「『黒い雨』―蒙古高句麗の雲」「大東亜戦争『否定』論」「『国際社会』の国際化のために」は、後半に行くほど、内容も単刀直入で、論旨も非常に明快で分かり易い論文です。


本の裏表紙には、以下のようにあります。

「日本人であること」を探求する第一歩とは・・・。日本人の内にあり、必然的に吾々本来の在り方を見失わせるもの―本居宣長が「からごころ」と呼んだ機構の究明を通し、日本精神を問い直す。戦後世代の大東亜戦争論として、論壇に衝撃を与えた初期論考を含む、鋭く深い思索の軌跡。解説・小川榮太郎


長谷川三千子:

昭和21年(1946)、東京都に生まれる。44年、東京大学文学部哲学科卒業。50年、同大学大学院博士課程中退。東京大学文学部助手などを経て、埼玉大学教授。平成23年(2011)退官、同大学名誉教授。著書に「バベルの謎―ヤハウィストの冒険」「民主主義とは何なのか」「日本語の哲学へ」「神やぶれたまはず―昭和二十年八月十五日正午」など。


目次

まえがき

からごころ

やまとごころと「細雪」

「黒い雨」―蒙古高句麗の雲

大東亜戦争「否定」論

「国際社会」の国際化のために

あとがき

解説 小川榮太郎


kara1 「からごころ 日本精神の逆説」

中公叢書
1986年6月10日初版発行

2004年6月25日7版発行

発行所:中央公論新社