これを読むには文章が散漫で少し集中力が要りますが、一応まとめました。
よろしかったらどうぞ。
●私は面倒な生き物
自分は写真を通してでしか世界を見ることができない。
小さい子供たちと遊ぶときもカメラがあった。
好きな女の子に向けるのもカメラであり、きっかけを作った。
星や山を楽しむために出かける言い訳も写真だった。
亡くなった人の最後の光でさえも、そして忍ぶ時にも写真が必要だった。
ぬこ様とのスキンシップも信頼関係を築くのにもカメラが必要だった。
つまり、私にとって写真は芸術とか記録だけではなく、単なるコミュニケーションツールでもなく、生きることの一部です。
●SNSにはアップしないで
町の移動図書館車が新しく完成しましたが、でも町民には知られていません。
そこで写真を撮ってよいか、その場にいた職員に問い合わせたら、写真は撮ってよいが、「SNSとかにはアップしないでほしい」と、言われた。
よく意味が分からなかったが、私からすると、「撮るなと同義語に近い」のです。
そこで町に公式に問い合わせました。
●町からの返事
抜粋すると要点は以下になる。
『不特定多数の方が閲覧できる個人のSNS等にイラストを掲載したり、不特定多数 へ配布するグッズに使用することが、イラストレーターの所属事務所により制限 されています。』
多くの町民は、このデザインを営利目的でグッズ化しないと思います。
もちろん、契約上、拒否されれば著作権を尊重するので、むやみに撮影と掲載はしませんが、非営利とは言え無断で使用出来ないことも承知してはいます。
●町の方針
皆さんは図書館をどれほど利用されているでしょうか。
本は市民や町民の共有財産とも言えます。
この町では、蔵書の約半数が児童・中学生向けです。未来の子供たちへの投資であり、知識と想像力を育む機会でもあります。
ならば、今回の移動図書館車のデザインも、子供たちに興味を持ってもらうためのものでしょう。
デザインは購買意欲を高めたり、格好をつけたりするだけではなく、人を幸せにし、便利にし、心を豊かにするものだと考えています。
●女優の左顔
昔、ある女優に「私は右側の顔が写真写りが良いの、右側を撮ってくれる?」と注文が付きました。
もちろん本人希望の右側を撮るのですが、敢えて左側も私は撮りました。
当然、本人と事務所のNGで左側は誌面にはなりませんが、果たして彼女にとってそれが幸せなのか?
何も意地悪で左側を撮ったわけではありません。
左側からも魅力的な顔だから撮ったまでです。
ところが、頑なに左側の顔を否定し続けることは、半分損をしていると勝手に思っています。
理由は、本人は左側の自分の魅力にいつまでも気が付けないからです。
そして、本人が知っている魅力と第三者が発見する魅力は必ずしも一致しないのです。
そしてどの媒体を見ても、右側の顔だらけになりますし。
(小泉八雲は別の意味で必要な右の顔だったけど)
これは本人にとって不幸なことも少しはあるのではないでしょうか。
もちろん、嫌がるのを無理に撮ることはしませんが。
●この話は...
「左顔~」のくだりは、ひとつの比喩です。
移動図書館車の写真も、広報写真だけで良いのかということを言いたいのです。
移動図書館車の別の魅力を伝えるのは、広報カメラマンだけの仕事ではないと思うのです。もちろん、SNSにアップできない腹いせで書いているわけではありません。
●狭い見識の、いちカメラマンの話
私の話は、時にボヤキもあり、まあそんな話なのですが、写真に関してだけは誠実でありたいと願っています。
話の中心には写真があり、カメラがあり、レンズを通して見えてくる世界が、私の世界です。
写真が撮れなかったのは、何も今回のことだけではなく、プロほど撮れなかった写真は多いと思います。
仕事の写真、プライベートの写真、作品制作の写真、いつも撮れなかったことが多いです。
だから、撮れるときは撮りまくることが多いです。
ただ、NGが出た写真は、時代をへてもなかなか使いにくく、相手が人間の場合は不快にさせることもあるため無理をしません。
しかし、移動図書館車が町のシンボルになり、時代を表すアイコンになる時が来ても、撮れていなければ何も出来ないのが写真の宿命です。
「撮れていなければ、何もなかったのと同じに近い」
これが私の解釈です。
規約にのっとり、NOが突き付けられることが多いですが、公共性を鑑み、第二プランで非営利利用があっても良いように感じますが、皆さんは如何思われますでしょうか。
この夏行われた、杉本博司の写真展は、かなりオープンに撮影可能になっていて画期的でした。
撮影した鑑賞者もSNS発信で、杉本の作品を貶める発信はだれもしなかったと、私はみています。
むしろ、ひとりの作家の考えがより深く共有されたのではないでしょうか。
私としても以前から見たいと思っていた芸術家でしたし、イベントにもよりますが、一定の条件で公開されるなどはあってよいと個人的に思います。
●おわりに
散漫な文章になりましたが、1本の筋道は、『写真を撮ることは、対象を自分の視点で発見し、その発見を誰かと共有することでもある。』ということです。
移動図書館車の可愛らしいデザインが写真で共有されないのは町民として少し残念です。
公式SNSでも車両の写真は掲載されていません。これが著作権や契約上の制約によるものなのか、それとも広報上の判断なのかは分かりません。ただ、もし契約によって写真を使える場面が狭められているのなら、本末転倒ではないかと感じます。
思い返せば図書館の桜の写真を撮っていた時も、何かをきつめに言われた覚えがあるのですが忘れました。
スマホではなくミラーレスカメラだとかなり目立ちますが、花と全景を撮影していただけですが、色々言われてしまう時代です。
人物や建築物でもないのに、あまり言われると気分が悪いというか、のどに引っ掛かる得体のしれないものを感じます。
期日通りに本を返却しても、早く返せと言うような言い方をされることもあり、貸し出しの際も本を汚さないように強く念を押されます。何かが毎回ひっかかります。
私は読書の前には石鹸で手洗いをする人間なのですが。
私の顔を見て、そういう発言に至るのかは不明ですが、気にし過ぎでしょうか。
ぬ:本末転倒説かにゃ?
や:まだ、全貌が見えないためわからないけど。(;^ω^)💦
ぬ:そんなくるまより、アタチが「移動黒ぬこ図書館車」になってあげるにゃ。
や:にょにょ!入り口が開くのかにゃ?空を飛ぶのかにゃ?木がよける?足は何本?やまぽん国だと九尾の狐も有名にょろ。
ぬ:アタチのお勧め本は「にゃーんと鳴いたのだあれ」である。この胎教は一押しにゃ。
や:ええ!?胎教からの読み聞かせかにゃ?
ぬ:ぬこによる、胎児のための、にゃんこ文部省推薦図書。印税1/2よこしなさい説あり。マグロ賄賂OK。
や:ズコっ。(;^ω^)💦

