NHK大河ドラマ『光る君へ』第3回に、以下のような囲碁対局場面があります。



碁形から棋譜を検索できるサイトで調べてみたのですが、どうやら本因坊丈和(白)と水谷琢順(黒)の棋譜を一部改変した図のようです。以下、上記場面の対局図です。見やすいように角度を変えて上図と合わせています。左上の一部以外は一致しています。


https://www.101weiqi.com/chessbook/chess/14791/?step=69


放送では、藤原道長が第79手ノゾキを以下のように打って上記場面となっています。このノゾキにはツグよりないように見えます。実際、上記場面に映っている白番の人物も、すぐにツギを打っています。「必然の流れ」なので、会話しながらでも打ち続けている、という演出かもしれません。



ところで、テレビドラマにもなった『永遠の0』の作者、百田尚樹先生の『幻庵』を最近読了しました。江戸時代後期の囲碁界を描いた作品ですが、当時の家元制度の中で死闘を演じる碁打ちたちの生き様を活き活きと描く傑作で、全3巻を一気に読んでしまいました。

ちなみに「永遠の0」は、特攻隊で亡くなった祖父の生き様を追い求めるお孫さんのストーリーですが、この祖父の方は囲碁を愛していたというエピソードがあります。幼い頃から囲碁が強く、職業棋士を目指して、何と瀬越憲作先生に師事したというストーリー。この祖父の方は上官と、囲碁の戦略が現実世界に役立つことを熱く語っており、軍上層部が囲碁を嗜んでいたら、こんな戦争を起こそうとは考えなかっただろうというような話をしています。さすが、囲碁を愛する百田尚樹先生ならではと感じました。

話が戻り本因坊丈和は、名人碁所を巡り、井上(幻庵)因碩と虚々実々の駆け引きをする、この物語の準主人公です。私はこの本を読んで、両者の棋譜を鑑賞し始めていたところだったので、思いがけず丈和の棋譜がNHKに出てきてうれしかったですね。

 

追記
本因坊丈和だけでなく、「水谷琢順」の名前もあったような?と思い、あらためて『幻庵』を読み返してみました。江戸市中の(賭け碁)囲碁界で名を馳せていた少年時代の丈和(松之助)が、親方に連れられて道場破り同然に本因坊家を訪問。これに対応したのが塾頭格の水谷琢順で、いつもなら丁重にお断りするところを悪戯心で、坊門の麒麟児と呼ばれた奥貫智策と打たせるというストーリー。本因坊家跡目の有力候補だった智策に3子4子と置碁で連敗し、しょげかえりますが、正しい碁の筋を求める心が燃え上がり、畳の上に手を付いて平伏し、入門を請い願います。

ネタバレになるのでこれ以上は書きませんが、その後の丈和の人生は波乱万丈で、ぜひ『幻庵』で続きを読んで欲しいと思います。上述の棋譜は、強くなった丈和の、水谷琢順への恩返しの一局かもしれませんね。

 

2024年2月11日 追記
この対局は、絶版となった『日本囲碁大系』第10巻『丈和』に収められていることが分かり、藤沢秀行先生が解説されているということもあって早速、メルカリで購入しました。天保2年(1831年)、丈和が名人碁所を許される直前の対局だそうです。名人内定は知らされていたでしょうから、水谷琢順が祝意を込めて対局したのかなと想像します。

 

 
 

解説によれば上述の、黒番の道長が打ったノゾキは、上辺(テレビ画像では右側)の白を攻めて、すでに大差となった碁を急追する勝負の手がかりという解説でした。『光る君へ』の囲碁監修者?も、多少なりとも、意味のある手を道長に打たせたかったのでは、と推察します。

 

2024年4月9日追記

2024年4月7日放送のNHK大河ドラマ『光る君へ』第14回では、以下のような囲碁場面がありました。




いつものように碁形検索サイトで調べると、本因坊(跡目)秀策(白)と大田雄蔵(黒)の対局(嘉永2年3月8日)のようです。以下、テレビ画面に合わせて棋譜を回転させています。
https://www.101weiqi.com/chessbook/player/1022/13517/

上記場面で黒(大田雄蔵)は、白に対するキリを見せています(55手)。



白(秀策)が守った後に黒57とケイマを打って、赤丸で囲った白の2つのグループの間を裂いて行きます。この場面で私が白なら、しのぐのがとても大変だなあと感じます。



こういう局面になった原因は秀策の40手目にあります。黒模様の消しを優先した手だと考えます。この間を黒が出て来ようとするのは当然予期していますし、実際そうなっています。



最終的には、下辺の白の一団をめぐるコウ争いの結果、右下隅の白が死んで秀策が投了します…ここは白からさらにコウにできますが、コウ材がないということでしょうか。



秀策にしてみれば、白のニつの集団をしのぐのは当然のことで、その経過において、どれだけ損をしないで済むかということなのでしょう……と偉そうに書きましたが、打ち手の多くは私には理解困難です。ただ、高段者やプロを目指す方々にとっては「名局」なのだろうなという感覚がありますし、テレビ番組にも使われた理由なのだろうと思います。とにかく初級の方には、「相手の石の間を出て行く重要性」を知って欲しいなと思いました。