5日間の化学療法から開放され、僕はまた大部屋に戻った。

熱で苦しむ事も、点滴のダルさもなくなり、さらに酷い咳も出なくなりこれで退院かと思っていた・・・


しかし、何だかおかしい、ご飯が食べられないのだ。今まで感じた事のない米の異臭や

病院食も口にすると吐きそうになる。抗癌剤が効いている為の副作用だった。

体から薬が抜けるまでの2週間ほとんど普通に食事ができず、マックなどのジャンクフードや中華のデリカなどの味のやたら濃いものを母に買ってきてもらいしのいだ。


癌細胞と一緒に白血球の数も極端に下がり、注射によって増やすという日々で正常値になるまで外出も禁止。増殖が激しい細胞を死滅させるのが抗癌剤なのだ、癌細胞だけを狙い撃ちする薬は当時なかった。


外出禁止令がとけて、一時帰宅が許された。池袋の西武デパートで食べた銀座アスターのラーメンの味

(今食べれば特においしくないと思う)が今でも忘れられない。


体重も極端に減り50㌔近辺を行き来するほど痩せてしまったが


自宅に戻って鏡で見た顔は何故か生涯で一番美しいと感じた、蝋燭の火が消える前が一番輝くように・・・・・


病院に戻ると恐ろしい惨劇が待っているとも知らずに


(外出が許されたのは僕の生存確率が極端に低かった事が関係していたと知ったのは数年後の話)