学生時代は野球部。
小2から始めて、大学4年まで、お盆、ゴールデンウイーク、お正月は全て野球。
そんな野球バカの私が1番覚えている瞬間。
割と強打者で小中高大学、どのチームでもクリーンナップ。長打を期待されていた立場で、バッティングには自信もあった。
カッとばす瞬間も多々あったが、1番覚えてるいるのはバットが折れながら打った一本の内野安打である。
大学3年の秋のことだった。
関東大会に出場し神宮球場での一戦。
相手は創価大学。ピッチャーはライアン小川。
間違いなく格上の相手だった。練習試合では一度も勝てていない。
その試合は7回まで1-1の同点だった。エースは前日の力投で投げられる状態では無かったので、ウチの先発はエースではなく2番手ピッチャー。それでも格上相手になんとか粘りのピッチングで、毎回得点圏までランナーを出すも、なんとか7回1失点で踏ん張っていた。
流れは間違いなく向こうで、点を取られるのも時間の問題であるようにも思えた。
自チームは、ここまでヒットは数本しか打てていなかった。
そんな中で迎えた7回裏同点の先頭バッターの私の打席。監督は明らかに迷っていた。
代打だそうかなって。
でも監督とは一切目を合わせず、だらだらしてた声かけられそうだったので、急いで走ってバッターボックスの横に移動した。
素振り何度もして、行かせてくださいのアピール。
伝わったのかわからないが、代打の声もなくそのまま打席へ。
どんな形でも良いから自分のスイングで塁に出る!
出ればなんとかなる!
そんな気持ちで初球。振り抜いた。電光掲示板には150キロの表示だった。鈍い音。打球はマウンドとホームのちょうど真ん中でバウンドし上に高く弾んだ。
ピッチャーは取れない。が、ショートは回り込んでやや深めのところで捕球。
人生で1番の全力疾走!
走れ!走れ!走れ〜!!!!
力まずとも懸命に、無意識で走った。焦りなどない。とにかくセーフになることだけを考え、無意識にそれを実行する動きだったように思う。
ファーストの捕球とほぼ同時に(セーフの確信はあった)ベースを駆け抜けた。
「セーフ!!!!!!!!」
私は審判のジャッジを見た瞬間。何度も打ってきたホームランよりも嬉しかった。内野安打だったが何度もガッツポーズが出た。
そして、我に返り、広い神宮球場のファースト側アルプススタンドからの僕にだけ向けられた大歓声。
なんとも言えない瞬間だった。
その後は熊本工業出身の超韋駄天代走に代わり、僕はベンチに戻った。
実はその熊本工業出身の超韋駄天代走選手が本当はレギュラーなのだが、直前に指の怪我をしていた。その代わりを務めたのが私だった。
その彼と代わる時に、私は「あとは任せた」と声を掛けると、その声とまったく重なって彼がこう言った。「あとは任せろ」と。
野球を馬鹿みたいにやってきたが、
野球をやってきて本当に良かったと思えた瞬間だった。
ベンチに戻るとホームランを打ったかのように迎え入れてくれた。
折れたバット。実は先輩に借りていたものだった。
ベンチに返って思い出し、先輩に謝った(ちょっと怖めの先輩)。するとその先輩は、「あー!忘れてた!笑笑!でもナイスバッティング!塁に出たから許す!」と言ってくれた。
その後試合は、なんとその代走選手が初球盗塁!
セーフ!!!!
大歓声!!!!
その後バント。ワンアウト1塁。
そして、、、ボテボテの内野ゴロの間にホームに突っ込みセーフ!!!!
勝ち越し!!!!
そのまま2-1で逃げ切り勝利を収めた。
なんとドラマティックな試合だったんだろう。
先発ピッチャー、私、代走選手、全員同期の3年生。
興奮して眠れなかった。
次の日は、菅野率いる東海大学に負けはしたものの、その大会は私にとって、一生忘れないものになり、野球をやってて良かったと感じた数少ない瞬間だった。
そのおかげで今がある。
全てに感謝したいと思う。