おはようございます!
さてさて前回、人は変われる、変わらないでいるとストレスに耐えに耐える人生になり、心身ともにあまり良くない状態でプライベートを過ごすことになるので、充実したようでしてない生活になってしまい、結果人生が少ししんどくなってしまうのではないか?
(身近な例であげると、お父さんが休みの日くらいゆっくりさせてくれよ〜と思いながら家族の買い物に付き合っているような感じですかね、これが仕事が充実してるお父さんなら、日曜こそ家族にサービスだ!と思って自発的に家族サービスをすることができ、こういう家族は前記の家族よりは仲の良い家族なのではないだろうか)
を説明しました。
では、実際にどうやったら人生が好転するか?
今回はそれを書いていきます。
いくつか要因はあるのですが、僕はまずはとにかく、2つのポイントさえクリアできれば、あとはエスカレーター式で人生が良くなっていくと思っています。
まず、1つ目
「自分の中には反射的否定フィルターが存在していることを知る」こと
例えば、、、
AさんとBさん、2人の主婦がいます。
2人とも近所の奥さんから、
「お宅の旦那さんは優しそうでいいわね〜」と褒められているシーンを想像してください。
その時の2人の受け答えがこちら↓
Aさん
「いやいや、そんなことないですよ。。。」
一方
Bさん
「そうなのよ!ウチの旦那はとっても優しいの!結婚できて良かったわ〜」
皆さんはこの2人の言動を見てどう思いましたか?
日本人の90パーセント以上はAさんのパターンの反応をするのではないでしょうか?
Bさんのパターンで受け答えしたら、きっと褒めた友人も「何この人?謙遜の欠片もないわね、大体本当に自分の旦那が良い旦那ならそれを人には言わないわよ、きっとうまくいっていないけど、それを気丈に振る舞っているだけだわ」的な心境になるのではないでしょうか?
でも、この、「何この人?謙遜の欠片もないわね、、気丈に振る舞っているだけだわ」の否定的な意見は本当にそうなのでしょうか?
何か確信があってそのように判断したのでしょうか?
私は違うと思います。
謙遜が美徳とされてきた日本では、謙遜しない人=ダメ!といったことが、親、その他の大人、環境など、様々な人によって植え付けられた、「ただの思い込み」だと思います。
その原因はいくつかあるのですが、歴史的に紐解くと、古来日本では、ある程度の人数で集落を作り関所を設け、自給自足の生活をしていたので、みんなが畑を耕している時に「いや!俺はこの集落から抜け出し、未だ見ぬ自分の未来を切り開くのだ!だから畑仕事なんて俺はやらない!」とか言っている下級民族の少年がいたとしたら、間違いなく生きていけませんよね?(笑)
それを見たその異端児少年の親はどう注意するでしょうか?
この時代ならさすがに私も「バカ!何言ってる!他のみんなと同じように畑を耕せ!そうじゃないと家族全員が除け者にされて死んでしまうし、お前自身も1人でメシを調達できずにすぐに死ぬぞ!!さあ、早く黙ってみんなと同じように畑を耕せ!」
と言ったことでしょう。
明日食べる物もないくらい貧しかった時代であれば尚更、それも仕方ありませんね。
だから謙遜=美徳、謙遜しない=悪!
の公式が生まれていくのも不思議ではありませんね。
(一応注意書きしますが、謙遜全てが悪いと言ってる訳ではありません。助け合う心など、他人に迷惑をかけないなど、日本人にしかできない気遣いも、この謙遜から来ている部分もあるだろうし、これを全てなくせなんて極端なことは言ってない。
謙遜=美徳、謙遜しない=悪!と物事を見て反射的に思い込んではいけない!決め付けてはいけない!と言ってるのです。
例えば、
「今、この状態、この人との関係性などを踏まえたところ、この人に思っていることを言ってしまうと、もしかしたら人間関係が悪くなるかもしれないから、ここは敢えて良い旦那と思ってることを否定しておこう。」
とちゃんとその反射的否定フィルターを外した状態での物の考え方ができているのであれば、それは謙遜=美徳の本当の意味でのかっこよさだと思います)
でも現代ではそうではないのです。
謙遜を例に出して、謙遜してない人を見てダメだと決め付けてしまう、反射的否定フィルターを通して見た「思い込み」を捨てないことには、人は変われないということを言いたいのです。
この反射的否定フィルターを外さない限り、努力はしんどく、何かやろうとしても三日坊主で終わってしまうでしょう。人間はしんどいことは継続できないようになってますからね。
これって、いろんなことに言えます。身の回りのことに対して、それって本当?って1回いい意味で、疑ってみるのもアリです。もちろん否定的な意味でのそれって本当?ではいけませんよ!
今僕が考えているのは、1日の会社の労働時間とか、なんで8時間なの?8ってどういう根拠で出た数字なの?とか、休憩ってなんで1時間なの?1って数字はどこからきた数字なの?ただ切りの良い数字だけじゃないの?とかですかね?笑
世間ではこれを変えようとしている者は捻くれ者と呼びます。でも、その捻くれ者って本当に捻くれ者なの?昔の人が決めた常識の中には守った方が良い常識と、守らなくて良い常識の2つが存在してると思いますよ!
これは少し話が逸れて、「常識フィルターがかかってしまっている」だけなのではないの?っていう話です。〇〇フィルターにはいくつか種類がありますから、それはまたの機会に少しずつ紹介していくことにしますね。
僕の場合は、捻くれ者って思われるといろいろと今後に影響して本当に正しい意見が通らなくなる危険性があって、「百害あって一利しかなし」なので今は、上司に意見するのはやめておこうって思ってるのでそれでいいと思ってます。当たり前だとは思ってないその視点を大事にしたいので、そういった突っ込んだ意見も上司が快く受け入れてくれるように人間関係を構築していこうと思っているので、結果みんなハッピーになると思ってます。確かに行動しないと変わらないんだけど、「思い込んで行動する気も起きない」や、そもそも「考えたこともなかった」からは抜け出せている訳なのです。もっというと、その労働時間に対して不満を持っている訳ではないのです。だってそれって上司が悪い訳でも、会社が悪い訳でもないからです。昔の常識だったり、プロジェクトを進めるのが8時間が前提で計算しており、それを考えてくれた人がいるから、その人達を無下にして労働時間を7時間にしろ!って言ってる訳ではないからです。
くどいようですが「思い込みに捉われず、視点を持つこと」が大事だと言っているのです。
うーん、表現はするのは難しいのですが、視点を持つのと不満を持つのは違うと思ってます。
友達と同僚とか後輩とかもそうです。
「俺ってダメな人間なんだよなぁ、あれもできないしこれもできない」って言ってる人がいたら、僕は真っ先にこう言います。
「それって本当?そうやって悩んでる時点で何か成し遂げたいことがあるんだからそれって良いことやん。君がダメな人間なんじゃなくて、そのできないことをできるように努力してなかったり、できる方法を調べてなかったりするだけで、君がダメな人間なんじゃないよ」
って。でも本当にそうですよね?友達をかばうとかそんなんじゃなくて、本当にそう。
(あー!あと、眠気や疲労、空腹や寒気、悪寒、頭痛、とかもそうですよ!話が長くなりすぎるので、これらに関してはまた書きます)
2つ目
「反射的否定フィルターの取り外し方を知る」
になります。
答えから先に言います。
反射的否定フィルターの取り外し方は、色々ありますが1番手っ取り早い方法は
「アホみたいに肯定的な言葉しか使わないこと!」
です。一種のゲームだと思ってやるのをお勧めします。
どうやってやるのかと言うと、何があっても良い言葉しか使わないようにするだけです。
例えば、雨が降っていた場合、普通なら「ああ今日も雨か、傘とかめんどくさいし、ジメジメするし、なんだか気分も乗らない〜、昔学生時代にスポーツで痛めた膝がうずくんだよな〜」と考えてしまう人も少なくないと思います。
これを無理矢理良い言葉に変えるのです。
「雨だ!ラッキー!インフルエンザも少しは感染がマシになるんじゃないか?」
など、本当にどんなことでも良いので、全部をプラスの言葉に変えるだけで良いのです。
何しろゲームなので、極端に言うと本当に思ってなくても良いのです。言葉に出しさえすればそれで良いのです。
とにかくゲーム感覚でやってみてください。
経験者の僕は1週間後に、自分で意識しなくても良い言葉に変えている自分がいることに気付き、「あれ!もしかして俺って少し変わってきてる?」って思ってきました。
だから最初は無理矢理で良いです。
言葉を変えるだけでもすごい効果が現れます。
自分の言葉というのは、①頭で考え、②息をはきながら③声帯を震わせ、④骨と鼓膜で聴いている
ので、かなり良い意味で自己暗示になります。
だから思ってなくても言葉が変わってしまえば思考なんてすぐに変わるのです。
そして、1週間後に「あれ!もしかしたら変わってる?」って思ったら、その小さい進歩を、思い切り自分で自分を褒めてあげてください。そして、今度は本当に心から良い言葉を言えるように少しずつ意識していくのです。
そうすることで思考が変わっていくので、すこーしずつですが考え方も変わっていきます。
以上の2点が人生を変えるために必要なことです。
これを続けていけば必ず良い事が起きます。
脳科学的にもスピリチュアル的にも、証明されているみたいです。
よく聞くのが、言葉が変わればなんとかが変わり、なんとかが変わればなんとかが変わり、なんとかが変わればなんとかが変わり、人生が変わる!
みたいなことを言ってる人がいますが、あれはどうやら本当らしいですね。
でも学びってのは残酷で、こういう記事を見たり、良い言葉を知っただけではなんの役にも立たないんですよね。
ここでもやはり、「俺には必要ない、関係ない、そんなことすんのしんどい」という反射的否定フィルターがあるとどんなに良い講師から学んでもなんの意味もないことになってしまう。
だから少しでも自分の反射的否定フィルターを取り外し、「どんなことにも意味があるんだなぁ、その意味はどんなことなのかなぁ、少しでも自分のためになることはないかなぁ」と思って物事に取り組むのが一番重要だと思います。
そうやってやっていくのが習慣になれば、間違いなく人からも好かれるし、どんどん自分の教養も増えるし、人生が変わるって思いませんか?
では、今日はこの辺で。
次回は、そうだなぁ、とは言え継続ってやっぱり難しい!しんどい!なんか良い方法ない?
っていう人のために継続するための方法をご紹介していこうと思います。