敦先生はたくさんのお手紙を残しています。
真っすぐな言葉、にじみ出る知性、
のびのびとした字で書かれていて
敦先生の人柄がよく出ています。
とくにご家族にあてた優しいお手紙は、
「これがあの山月記を書いた……?」
と、ギャップにやられるファンも大勢いますね。
わたしはリアル中島敦LOVEなので、
手紙を送られた方がうらやましすぎるのと、
キュンキュンして悶絶///
するのとで、精神が大変です( ;∀;)
特に恋文は、、、
と、わたしの内心はほっといて
今日は敦先生と奥様について、そして
お二人の送った恋文について
中島敦展の図録から、ほんの少しですが
ご紹介します。
大学在学中の1931年(昭和6)
中島は愛知県出身の橋本タカと出会った(22歳)
一高の同級生の姉が経営する麻雀荘に務めるタカに
中島は出会って間もなく求婚している。
しかし、周囲の猛反対で結婚は卒業後となり、
二人の間には数多くの熱烈な恋文が交わされていた。
数多くの……熱烈な恋文……
なんてパワーワード( ;∀;)
こちら奥様のお写真です。
どの写真を見ても可憐で優しい雰囲気。
あの敦先生にすぐ見初められたなんて
どんなに素晴らしい女性なのでしょう!
敦先生の就職が落ち着くまで離ればなれだったお二人。
奥様はご実家の名古屋からお手紙を出されています。
「あなたの処へ行きたい、早く行つて
ゆつくりお話がしたいと思ひます」
※一部
「タカ、お前、ほんとに、どんなことがあつても、
僕と一生、一緒に居る積りかい?
僕が、ダラしない人間で、意志の弱い、身体迄弱い
人間だといふこと。従つて、お前と結婚してからも、
お前にどんなにか迷惑をかけるかもしれないこと。(経済的にも)
それを、一生、僕の面倒を見てくれるかい?」
※一部
っ……( ;∀;)すてき。
敦先生が素直に弱みを見せていて、少し
奥様に甘えてる感じが可愛いですね。
一見、生真面目でお堅いイメージですが、
敦先生はわりと女の子にぐいぐいいけてたと思います笑
身体が弱いのに… 弱いからこそ
積極的に青春を謳歌する。恋もする。
喘息で死にそうな咳に苦しんでも
「いやべつに」
って顔して、努めて明るく
普通の男の子らしい生活をしていたようで
(お友達・同僚などの証言から)
そういう強気な面も魅力の一つだと
わたしは思っています。
さて、
結婚してからの敦先生は
単身赴任先の南洋からお手紙を出します。
奥様にも
「もっと手紙おくれよ」
みたいなことを書いておられた気が。
一人で寂しいですしね……
とはいえ、
筆まめ過ぎ男子だから、先生は!笑
奥様は嬉しい反面、
返事に困ったかもしれないですね。
ふふ( *ˊoˋ )
…
お手紙というのは、小説とはまた違った
等身大の敦先生を知れるよい機会です。
息子さんへの優しい手紙なんか
ほんとうに心があったかくなりますので
沢山の方に読んでもらえたらなと思います。
……まあご本人は
「恥ずかしいからやめてくれ///」
かもしれませんが;
ごめんなさい!
だって素敵なんだもの!
文豪の宿命とはいえ、
読ませていただいて本当にありがたいです。
…
というわけで
またまた久ーーーしぶりの投稿でした。
最後までありがとう。
ではまた♡
意外と筋トレが続いている夏🍧
tonlove
…
お盆は関西のほうに小旅行してました。
暑かったけど楽しかったんやで( ・ᴗ・ )