もちろん、揚げたてアツアツの天麩羅は最高に旨いですが、一晩置いて、サメサメになった天麩羅も、それはそれで独特の旨さがあると思うのは僕だけでしょうか。
例えば海老の天麩羅。
冷えて身は硬く細くなり、周りのコロモもしんなりとしています。
しかしその蝋細工のようになってしまったやつに醤油をかけて食べると、なんとも寂しい味なのにご飯に合う。
冷えて硬くなった天麩羅には、なぜか醤油が合う。
だしのしっかり効いた天つゆではなく、真っ黒の生醤油一本勝負。
ヒエヒエで硬くなった天麩羅に醤油を結構ダボダボぎみにつけて、それを齧る。
そうだ、冷えた天麩羅は食べるというよりも、齧る感覚が強い。
そして梅干とか塩辛とか、しょっぱい系のご飯の友の類似品の感覚で、一齧りに対して、ご飯を二、三口ほうばる。
その場合、ご飯はどちらかというとヒエヒエよりもアツアツの方が合う気がする。
そしてそこのサメサメの天麩羅とアツアツのご飯の対比も美味さに貢献していると思う。
海老以外にも、茄子、蓮根、しし唐などなど、いずれも旨い。
この揚げ物サメサメ旨さ現象は、他の揚げ物でも有効で、トンカツやコロッケにもあてはまる。
トンカツもとにかくソースをドボドボつけて、もしくは、ご飯の上にトンカツを載せて、そこに直にソースをかけてもらってもいい。
そのとき当然ソースははみだし、下のご飯にこぼれていくが、それも美味さの一つになる。
なんで旨いと感じるのかはわからないけど、この寂しくも味わい深い揚げ物に同意してくれる方もいるかな、と思い書いてみました。
