3月23日。
父が亡くなりました。
91歳。
誤嚥性肺炎。
最初に思ったことは
私や弟や娘たちの葬式を見せずに済んだ。
ホッとしたのが最初に来た感情だった。
それが娘としての最大の親孝行だと思っている事案だったから。
次の親孝行は、私が幸せであること、、、だと勝手に思っている。
幼い時から母から言われていた。
有名なお坊さんに、ある人が
色紙に、有り難い言葉を書いて下さい
ってお願いしたら、
『親死ね 子死ね 孫死ね』
って書いたのよ。
何でこんな縁起でもない事を書いたんですか?
って怒ったら、
年の順番で逝くのが良いんです。
って言われて、その人も納得して帰ったって。
だからね、親よりも先に死ぬのが1番の親不孝なのよ。
これを何度も聞かされた。
実際、今は誰よりも元気だけど、幼少期の私は体が弱く、2歳の時に生死の境を彷徨っている。
その時に亡くなっていたかもしれない訳で。
でも親より先に死にたい人もそうそういないと思う。
個々の事情があって、やむ無く親より先に、、、という人たちばかりだと思う。
例外ってあるかなあ?
この世でのお役目がある人は、それを果たす為に生きます。
と聞いたことはあるけど、それならば、幼い子供を残して若くして逝く人はゼロでないとおかしいと思う。
子供を一人前に育て上げるのが一般的な親の務めだと思うから。
だから「お役目が寿命説」は、私には説得力に欠ける。
父の兄弟は、姉が3人、兄1人、妹2人、弟1人の7人で、8人兄弟。
父の兄弟は体が弱く、兄と弟は2歳と11歳で病気で亡くなっているし、3人の姉のうち2人は体が弱くて子供が産めない体だったと。
だから、父は私の名前に
康子
を考えたそうだ。
とにかく健康でいて欲しいという願いは切実だったと思う。
結局、康子ではなく、総理大臣の奥様の名前をもらったと。
総理の口利きで入社したからと。
コネじゃん。
父は九大の経済学部卒。
周囲は東大・京大が沢山いたそうだ。
あれ?
何で総理大臣が口利きをしてくれたんだっけ?
聞いたけど忘れてる。笑
父の名前は好美。
どこからどう見ても女の子の名前。
子供の時から自分の名前が嫌だった。
そりゃそうだ。
何で好美?
とにかく跡取りで男の子が欲しくて、でも、兄は2歳で病気で亡くなっていて、俺の妊娠中に、親父が大雪の日に占い師に
次の子供が男の子だっだら、次こそは長生きしてもらいたい。
どうしたら良いか?
と聞きに行ったら、
女の子の名前を付けなさい
と言われたそうだ。
父の上の姉3人は、名前が、花子、松子、愛子。
超適当。笑
怒ったお姉さん3人は、妹2人の名前を、お姉さんたちが考えて付けたという。
美恵子とみゆき。
兄は保介。
弟は、、、智春、、、だったかな。
何で弟は女の子の名前じゃないの?
親が『もういい』って、思ったんじゃないかなあ?
そのせいかどうか分からないけど、11歳で病気で死んでなあ。
お金が無くて病院に入れられなくて、家で死んで。
悲しかったなあ。
姉さんが、呼びに来てなあ。
『死ぬな!』って叫んだなあ。
そっかあ。
病気は何?
白血病。
父の甥(私の従兄弟)も白血病だったけど、73歳くらいまで生きた。
治療をしていたからかな。
でも、おかしいんだよな。
俺は7月生まれで夏に産まれたのに、雪の中を親父が聞きに行ったと言われて。
おかしくないよ?
妊娠中に冬があるよ?
ああ、そうか。
男の子は長生きできないのは何故?
女の子の名前にしなくてはいけないって、、、誰か、家の中での会話を聞いてる?
何かの呪い?
借地に家を建てていた。
土地に何かありそうな感じだったのかな。
そう言えば、道路を一つか二つ隔てて刑務所があったな。
父の父(私の祖父)は一代で会社を立ち上げ、一時は、貧しい農家からの女の子たちが子守りとして何人も家にいて裕福だったらしい。
「ねえや」と父は言っていた。
ただ、祖父は文字が読めなかったらしい。
共同経営者にお金を持ち逃げされてから、貧乏のどん底に落ちたそうだ。
戦争もあっただろうけれど、食べる物がない。
家が、男は俺と親父だけで、あとはみんな女だろ?
家が面白くなくてなあ。
そっか。
でもさ、昔は男の子が尊重されていたからさ、ご飯のおかずが1人だけ優遇されていたとか、あったんじゃない?
ああ、あったなあ。
お姉さんや妹は、文句は言わなかった?
文句はなかったなあ。
性差があるから、女子よりも男子の方が食事の量を必要とするから、それは自然なこととしても、姉や妹たちの心の中には不満があっただろうと思う。
女の子の名前を付けなさい。
どんな占い師さんか知らないけど、それは正しかった。
父は91歳まで生きた。
父の父(私の祖父)は癌で亡くなったけど、89歳だった。
名前は隆。