おはようございます
課題解決アドバイザーの根本ゆみです
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今日は
「小さな○○を積み重ねると価値観が変わる」のお話だよ
(分かりやすくストーリー仕立てにしてみたー
)
私は幼少期に
父方の祖父母宅に預けられていた期間があって
その時、祖母によく言われたのは
「米粒を残したら、目がなくなる」だった。
「農家さんがお米を作るのに、
一年かけないと一粒もできないでしょ」って
目がなくなるのが嫌で
一生懸命食べていたし
残そうとすると「もったいない」と怒られた![]()
今なら祖母は戦争を経験した世代だから
そう教えてくれていたんだろうなと思うことができる。
だから
ある程度大人になるまでは
「米粒は残してはいけないもの」
「出されたご飯は食べきらないと失礼」
だと思っていた。
私が嫁いだ先は、米農家。
しかも主人は長男だ。
交際当初、
ご飯をごちそうになった時に
米粒を残している姿に衝撃を受けた![]()
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「農家ってお米ができるまで大変なの分かってるはずなのに」
「当たり前のように残している・・・」
私の目にはそう映った。
弟の足にすね毛が生えていた時くらいの衝撃だった
(私の弟は12個下で・・・突然のボケやめとけ
)
だって、
私は「米粒は残してはいけないもの」
だと思って生きていたから。
交際していた主人に
「米粒は残してはいけないもの」という
私の価値観を押し付けた
「もったいないよ」
「洗い物するの大変なんだから」と
(お米残した後のお茶碗って、水につけておかないと大変だよね?)
主人は優しいから残さなくなった。
でも、少しするとまた残す。
その繰り返しだった。
そんな主人が許せなかった。
私の価値観、生き方を否定されているような感覚だったんだと思う。
でも。
30代半ばに差し掛かってくると
代謝が減って痩せにくくなるし、
食べられる量が減ってくる。
仕事で動く以外、運動をしていないので、
普段から食べすぎには気を付けなければいけない。
このくらい食べられるかな?と思っても
食べられず、主人に食べてもらうことが多くなった。
主人がいない時に、
義実家でご飯をごちそうになる機会があって
食べられず「すみません」と、残した。
「無理しなくて大丈夫だよ」と
誰にも怒られなくて
嫌な顔ひとつされなかったから、
なんで怒られなかったのか?不思議だった。
友人と外食に行ったとき、
一人前が食べられなくて残したことがあったけど、
友人は「無理しなくていいんじゃない?」と
言ってくれた。
え?無理ってしなくていいの?
無理しないとダメなんじゃないの?
そう思った。
それからもそんな場面が何度かあって、
私は今まで無理をして
生きてきたんだなと気が付いた。
昔は、食べ物に対して
「絶対残してはいけないもの」と
思っていたけれど、
今は、
「なるべく残さないようにするもの」になった。
今でもそんなに量は食べられないから、
最初から小盛にしたり、
主人に食べてもらうのが当たり前になっていった。
万が一、残してしまうときは、
「もっと食べたいけど、もう食べられません
」
「おいしかったです」「ご馳走様でした」と、
相手に感謝の意を示せば
大丈夫であることも知った。
私は残す勇気を出したことで、
食べ物に対する価値観が変わった。
さらに、
不思議なことに、
自分の価値観が変わると
相手のことも許せるようになってくるもので
現に私は、
自分の子どもに
「おなかいっぱいなら
無理しなくていいよ」と言えている
それが正解かどうかは
人それぞれの価値観だから
分からないけれど、
私は、
これだけでも随分と楽になったんだよね
こんな身近な小さなことでも
自分の価値観が見え隠れしていることがある。
気づかないうちに誰かに
押し付けてしまっているかもしれない。
何が正解かは
人それぞれだけど、
もしかしたらその価値観が
自分自身を苦しめているかもしれない。
○○とは○○するべき、とか
普通は○○でしょ、みたいな
自分の価値観があったら
私の経験からの話になるけれど、
たまには自分の価値観を疑ってみるのも大切だと思った。
「小さな勇気を積み重ねると価値観が変わる」
ちなみに
最近私が勇気を出したことは
くじら
お刺身も食べてみたいー![]()
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