こんばんは。
    
   今日は 
  心のままに 今の正直な
  気持ちを書いてみることにしました。


  先日 父ちゃんが言った

 おれが 分からなくなった。。。
 と。

義母のことで 姉から連絡受けて
父ちゃん自身が 診てくれた病院へ直接電話をかけて話したのが 昼間のこと。
その日の夜 姉は 言った
母ちゃんついに呆けたよ。 と。。

 ちょっと話は脱線しますが‥‥

うちの母は早くに認知症を発症しました。
違和感を感じ始め兄たちに 親しい母行きつけのお医者さんに相談しても そんなことないって
言われた。

そこから 少しずつ母の問題行動が近所のかた
親しい友人 習字の塾の関係 親戚と
次々起こった。 
塾をお弟子さんへ引き継ぎするか?閉めるかも
なかなか大変でした。
子供から大人まで塾を公民館を借りて母はしていたので。
当時は 親に一番近かった私が
親しい方を直接知っているのもあり連絡もしょっちゅうだった。批判や悪口も言われた。
親戚からもだった。。
金銭トラブルもあったから謝罪と清算にも行った。
母からは泥棒と 言われた
あんたは父親似で冷たいと言われた。

仕方ない わたしは 父と母から生まれたから。。。

電車に乗って行くと帰りの電車は涙が込み上げてきた。
親に 優しく出来なかったから。。。

心に余裕が持てなかったです。
かかる電話で聞くのは 遠回しながら母の悪口
ご迷惑かけた話ばかり・・・になっていった。
謝罪するしか出来なかった。
そして直ぐに行く。


伯母が協力してくれて 騙しだまし 伯母と母と3人で認知症の検査を受けた。私も一緒に(笑)

大学病院の認知症の専門医のところへ

2回目は兄が帰省してくれ兄と一緒に。
結果アルツハイマー認知症の診断出てからは
事が進み始めた。
やっと 周りが理解してくれ始めた。

そこからは父と一緒に 兄が行ってくれたり負担が少しずつ軽くなった。
次第にトラブルになっていた近所のかたも理解をしてくださり 不仲になりかかった関係が修復 協力 見守りへと 変わっていった。

これは私が経験したほんの一部分のはなし。

この経験が 今は義母に義姉に対応する時に
少なからず役に立っている気が勝手にしている。

 義母と 話した。
 ◯◯ちゃん? あー◯◯ちゃん元気?
嬉しいねぇ~

 わかるじゃん 

病気をすれば一時的に記憶の混乱があったりは
父ちゃんもよく理解している。
正直言えば かかりつけ医師が変わったらしい
都会は忙しいのも理解している父ちゃんです。
ある病気の可能性はないか?を聞いても
‥‥だった。
姉は その先生との関係性は良好と聞いている。
医者嫌いな義母と義姉

普段 直接介護出来ていない父ちゃんは
診察下さった今の主治医と姉の判断を
尊重することにしたみたいだ。

96歳です。
義母と義姉と 主治医と ケアマネさんと
父ちゃんの思うようにすればいいと
正直感じた。
私が伝えたのは タイミングいい時に電話くださいね。話そうね。だけです。


認知症は色々な考え方があるかも知れませんが

私個人は 今の母は少女のようです。
そんなに不幸にみえないんです。。

認知症特有の妄想や悪口を言っていた時期より、聞くより いまの母のほうが愛情持てる。
当時の母の顔は怖かった・・・正直にかくと
気分が悪くなり吐き気を呼ぶ‥‥‥嫌な顔でした。
誤解のないように付け加えると
病気のひとつの症状なのです。
左から父がガンガン怒鳴る 
右から母が‥‥両方いっぺんに喋ります。
さすがに目眩ですわ笑い泣き


今は 可愛らしいですニコニコ
勝手なひとりの娘の気持ちかも知れないけどね。

義母とは決して簡単な道のりでもなかったのです。
子供を期待されていた 跡継ぎを期待されていた
時代がまだあったので・・・
言葉に傷ついたりもあったのも
親や家系のことを言われたことがあったのも
そして何より 家族を大事にするあまり
束縛が強い家庭でもあり
友人とも自由に会えなくなった。

結婚したら もう親に簡単にはあったり出来ないと言われた最後の時代かも‥‥
私の両親も 結婚するときに同じことを言いました。あちらの両親に従いなさいと。。。

古い田舎の風習?に 悩まされた時期もあり
色々あったのも事実です。
今はそれが 義姉に全ていっている。

でも 今になってみたらわかるのは

私が 出来なかっただけなんですよね。
我慢をある日 止めたら
シンプルになったのです。

ただ 気持ちをぶつけるのは
得意ではなかったので 勇気をだしてみた

ただ 黙って逃げただけです笑い泣き

そしたら色々起こったのも事実です。

でも それはもう 私の問題ではないと
思います。

ひとりの人間として 生きるための選択を
したに過ぎない わたしです。

時を経て 今 良好?🤔かはわかりませんが
適度な距離感で 
怒りがわたしに来ることは無くなりました。

わたしは 今 ひとりの人として
義母や義姉の話を聞きます。
両親も同じくです。

90越えた 親への接し方は
悩むことも多いけど みんながぎすぎすしていても中に入らないことにしただけなんですが

至ってシンプルに 義母も義姉も
わたしには愚痴も話すようになった気がします。

親と思うと
甘えや 期待や 希望や 願いや 
色々出てしまうけど
ひとりの人として接すると
その人生に尊敬する部分が出てきた 

もし認知症になったとしても
それを個性のように感じて 
私は そんなに接するのが嫌でもなくなりました。
だから 義母や義姉に会いに行きたいときに
両親にも 会いに行くと思いますニコニコ

 父ちゃんが
 どんな風に考え選択しても 
父ちゃんの考えを 応援したいです。

  ひとりの
  大切な 親に 間違いないのですからキラキラ


  私たちも 今は親になった
 教えてくれるのは 子供たちうさぎクッキーうさぎクッキーかもキラキラ

母ちゃんの呟きに最後まで
お付き合い下さったかたへ
感謝を込めて ありがとうございますおねがい

 優しいです。 ありがとう❤️


  🍀今日のメッセージ🍀

  自分の気持ちに 正直になってみた
  少し優しくなれた 気がする
  それは あくまで わたしの気 
  だけ‥‥  
  『 あなたが幸せじゃないと 
      誰も幸せに なれない 』

  と言われた言葉を 大切にしたい