『アリス・ミラー城殺人事件』/北山猛邦
クローズド・サークルものです。
ねたばれ感想です。
総評としましては・・・・。
真ん中!
好きとそうでない、の真ん中!
の作品です。
好きな部分と、そうでない部分の差が、めちゃくちゃ激しかった。
本格ミステリ長編で、実は3年前くらいに買ったものの、最初の数ページを読んで断念。
登場人物の苗字が難しい漢字が多い、
登場人物が多いのに人物紹介が目次の次のページにない、
若干冗長な環境問題やたら島の歴史やたらが序盤に続く
という3点で断念していました。
が、最近読書に慣れてきて、改めて読んでみると・・・・
めちゃくちゃ読みやすいじゃないか!
と、すいすい読んでいきました。
ある程度、読み手も努力しないとだめですね・・・。
さて。
『そして誰もいなくなった』系統のミステリーで、だんだんと登場人物が減っていく話。
なおかつ、「あれ系」のトリックが使われている、という点でもよく名前があがる作品。
ということで、期待して読んでいった。
序盤は、殺人のテンポもゆっくりだし、たいして興味もわかない密室トリックの解明に時間が割かれる。
あと、アリス・ミラー城の中で扉が増えていく、みたいな描写が若干怖い。
でも「あれ系」のトリックが使われている、と知ってるから、早くそのトリックのあたりを読みたい一心で読み進める。
で、まあそれから徐々に殺人のテンポもあがり、密室トリックの解明もすすんでいくが、正直物理トリックに興味が薄い私は、そこらへんでもテンションはあがらず。
が、後述の『ある理由』により、急激に読むのが楽しくなり、後半はどどーん!!と一気に読んでしまいました。
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ここからさらに物語の核心にせまります。
途中から、なんか、何か、重大な存在を見落としているような違和感をずっと抱えながら読んでいきます。
どんどん残り人数が減っていく。
しかし、挿絵のチェスの駒の数とか、「remain 8」とかの章の名前が、なんか残り人数の計算と合わない・・・・ということに気付いたのです。
で、どう考えても残っているメンバーに犯人がいるはずがない展開に。
「たぶん、真相は、あれ系なんだろうな」と思ったら、やっぱりそうでした。
正直、フェアかアンフェアか、でいうと、アンフェアとはいえない。
きちんと伏線は書かれてはあった。
ただ・・・・・・・・・・あまりにも、ヒントが少なすぎるというか・・・・。
正直、「アンフェアと後で言われないために、無理やり記述した」感がある伏線だった気がする。
数年前のCMとかで、でかでかと『○カ月分、無料!』と銘打ちながら、下のほうにものすごく小さい文字で『※ただし○年分を一括でご契約いただいた方に限る』と書いてある、みたいな印象。
一応、書いてあるのは書いてあるので違反とは言えないが、あまりにも小さいので、「こんなの誰も見えないだろ!」て言いたくなる感じ。を彷彿とさせる伏線だと思いました。
そういう意味で、個人的には、この作品の「ミステリ」の面にはあまり爽快感が得られなかった。
ミステリ好きにオススメかと言われると、うーん・・・・と言わざるを得ない。
・・・・・・・・・・がっ! がっ!
それだけで、購入を見送るのは、ちょっと待ったと言いたい。
この作品は、ミステリ好きにはおススメしない。
しかし・・・・
『それまで当たり前に傍にいた存在が命の危険にさらされた時、その想いにようやく気付く男女』の話が好きな層には、強くオススメしたい作品なのです!!!
え? ニッチすぎるって??
いいじゃないですか。
死の淵でようやく自分の想いに気付く二人、という展開は、漫画やアニメ、あと映画ではよくある展開なのですが。それも大抵は戦闘・戦争ものや、警察もの。
ミステリー小説では、意外となかったのでは?と思う。
あったとしても、私の満足がいくほどにその恋愛面が描かれてはいなかった。(偉そうだな)
この作品には、探偵たちが、孤島に建つ雪が降り積もる城に集められるのですが。
その探偵のうちの一人が、「ナイダ(漢字が難しいのでカタカナで)」という若い男性。
で、この人は「入瀬(イルセ)」という若い女性の依頼で、この城に眠る「アリス・ミラー」を見つけるべく、二人でこの島に来たのですが。
この、イルセという女性は、言葉が話せない。いわゆる失語症、みたいな症状。
なので、紙を使って、ナイダと会話をする。
この二人がどうやって出会ったのか?とかは描かれてないのですが、
島にくる時点で結構仲良さげに寄り添ってるし、タメ口同士だし、それなりに親しげには見えるが
付き合ってはなく、あくまで「探偵と依頼人」という関係性。
そんな二人、物語中ではずっと行動を共にするのですが。
イルセは不安がってはいるし、そんな彼女を守ろうとはするものの、ナイダはあくまで「ただの探偵」なので、別にイルセが不安だろうと抱きしめてあげるわけもなく、まあただ傍にいるだけ、って感じで。
ちなみにナイダは、決してなよなよしてるわけでもなく、勇気も知性もある、(姿かたちの描写はないものの)なんとなく出来る男の印象。
イルセの容姿も詳細な描写はないものの、ナイダが親身になって守るってことは、それなりの容姿はしてるんだろうなと勝手に想像。(男は可愛くない女を守ったりしませんから・・・・)
で、犠牲者がどんどん増えていき、途中で海上っていう刑事が疑心暗鬼になり、
ナイダの右手とイルセの左手を手錠でつないでしまう。
正直、ここで手錠を繋ぐ意味がよくわからなかったし、なんでこの二人だけ?とミステリ的観点からいうと思ったりはしたものの、「命をかけた男女の物語」好き観点からすると、海上よくやった!って感じだった。
(多分この楽しみ方してる読者は相当少ないと思うが)
ここからは文字通り二人はずっとくっついていないといけなかった。
それこそトイレに行く時も、寝る時も、です。
不安な気持ちを抱えながらも、ナイダとイルセは同じベッドで眠る。
まあ絶賛連続殺人事件発生中だし、だいたい探偵と依頼人だし、こんな状況でロマンも何も起こるわけもなく、二人は何事もせず眠る。
そして、狂人と化した海上刑事から逃げるべく、地下倉庫に逃げ込んだりしていく二人なのですが・・・・。
地下の暗闇の中、イルセは筆談ができない。
そんな中でも二人は意思を疎通させていく。
暗闇の中でも、イルセは完全にナイダを頼り切っているのがわかる。
そうそう、そういえば、まだ手錠で繋がれる前に、ナイダはある人物にこう訊ねられた。
「彼女を、好きなのね?」
しかし黙って無視するナイダ。
だがその様子はどう見ても、図星を突かれている。
なんて出来事があるので、読者的にも、ナイダとイルセは相思相愛なんだろうなと思いつつ読んでいくのですが・・・・。
一人、また一人、と犠牲者が増えていき、ついに二人にも魔の手が襲い掛かる。
暗闇の中で犯人に背後から襲われ、意識を失っていくナイダ。
目が覚めると、彼の右手は、妙に軽い。
今までずっと、右手には手錠で繋がれたイルセがいたはずなのに・・・。
気付くと、そこにはイルセの左腕だけがついていた。
・・・こう書くと、めちゃくちゃ怖いんですけど、全然そんなことはなくて。
このイルセの左腕を見た時の、ナイダの心のうちが、もうすっごいナイダの気持ちを物語ってる。
この、切られた片手を、どう描写するかって、ものすごい主観的なことだと思うんです。
普通だったら、絶対に気持ち悪いに決まっている。
でも、ナイダはこう表現している。
「細くて白い綺麗な手だった。」
そんなイルセの左腕を見た時、ナイダは「うう」と声にならない声を出して、ひざまずいた。
この、「うう」っていううめき声が、絶望と、悔しさと、イルセを守れなかった自分への情けなさを物語ってます・・・・。
そして、真犯人の胸糞悪い語りが続く。
真犯人の動機があまりにもくだらなかった・・・・・・・今まで読んだ事件の犯人の中でも、もっともくだらない動機の一つだった。たぶん大半の読者は「だったらお前がまず死ねよ」って思ったと思います。
そんな真犯人の後ろから、現れたイルセ。まだ生きていた。
けれど、彼女はもう片方の腕も切られていた・・・・・・。
もう、筆記という手段すら失って、ナイダへメッセージを伝えられないイルセ。
そんな彼女に、ナイダは「頼む、るー(イルセへの呼び方)、書いてくれ」と、もう出来ない筆記を懇願する。
が、ここでナイダを驚かせる展開。
「ナイダくん。ごめんなさい。わたし、しゃべれるの」目が閉じられていくイルセ。
しゃべれないふりを続けることで「話せるようになるためにアリスミラーを探してほしい」という依頼をしている依頼人として、ナイダの傍に居続けられると思っていたイルセ。
きっとそうだろうなって私も気付いておりましたが。ナイダは気付いておらず。
だいたい、当人以外はその想いに気付いているものなのさ・・・。
最後の最後になってイルセを抱きかかえるナイダ。
そして、腕の中で冷たくなっていく彼女を見て、ナイダは、「理由のわからない涙」を流すのですが。
・・・・・・・・・わかるだろーーーーーーーー(TT)
さすがに理由はもうわかるだろーーーーーーー(TT)
お前は・・・・・・・イルセが好きなんだよーーーー(TT)
と読者から総突っ込みをされるナイダ。
その後、真犯人は、ナイダやイルセが絶命したあと、身体を切り刻むことを示唆する。
そんな真犯人に、イルセの身体だけはこれ以上傷つけないでくれと、頼むナイダ。
ナイダ・・・・・・あんた・・・・・いいかげん気付くんだ・・・・。今から自分も死ぬという時に、なんとも思ってない女の身体を切り刻まないでくれと懇願する男はいないんだ・・・・!なんとも思っているから頼むんだよ!(TT)
せめて絶命する前に気付いてくれ・・・と思いながら物語は終幕へ向かったのです。
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私が一番好きだったのは、下記のシーン。
最終決戦の前、ナイダの部屋でバリケードを作って二人で籠城していた時のシーン。
イルセは、メモに、こう書きます。
『もしわたしがころされたら わたしのうでをきりおとしてにげて』
手錠で二人の腕は繋がれたままですからね。
それに対し、ナイダは「馬鹿なことを言うな」と返答します。
そして、こう言います。
「切り落とすなら自分の腕を切る」
すると負けじと(?)イルセはこう返します。
『いやよ』
「もし僕が殺されても、君は僕の腕を切ればいい」
『いや』
イルセは泣き出した。
・・・・・・・・これが、「ただの探偵と依頼人の関係」と言えますか・・・・!?
言えないだろーー(TT)
このシーンを読んだ時・・・・・
鋼の錬金術師13巻(だったと思う)の、夜中に中央司令部に単身乗り込もうとするマスタング大佐の、ホークアイ中尉に下した「ある命令」と、それに対する彼女の「返答」という、二人の強すぎる信頼関係を表すあの名シーンを思い出した人は、少なくないはずだ・・・・!!
(※たぶんすごく少ない)
↑このシーン・・・・「軍」という上官命令が絶対の世界において、この返事をしますかっていう、でも中尉だからできるんだろうなっていう、秀逸すぎる返しが好きなんですよね~~~
話が逸れましたが。
というわけで、、、、、、ミステリ的にはそんなに好きではなかったのですが、
ナイダとイルセの命を懸けた逃亡劇、という観点から見るとものすごく面白かったです。