12月末まで、あの強烈な施設で働いて「命」について考えされられる日々だった。


1月はそれらの疲労感が残り、後はまた派遣会社が仕事を斡旋してきていた。


派遣会社なんて、ただ仲介に入りLINEでのやり取り、電話でのやり取り、顔合わすことのない関係性。面接にもついてこないし、こんな事いうと失礼だけど楽な仕事。


派遣のお陰で、自由な働き方が可能でお互い様かも知れないけど、今回は自分が新人の頃にいた酷い病院を思いだしてしまう程だったな。


皆、この世に生をうけて、それぞれの人生があって。そして、ある程度まで生きて、尽きる命。

産まれたと同時に死はセットである。


私はあの施設で、亡くなった人達の記録を見た時に

あまりにも薄っぺらい事に悲しくなった。

入所してるファイルを見ても、あそこに来た経緯がメインで、何もわからない。


まだ病院なら、家族歴など詳細がわかる内容となっている。


私は、この寝たきりの人達が元気だった頃は、どんな仕事をしていたんだろうか、何か趣味はあったのかな❓とか、その人を知りたいと思っていた。


残念ながら、80〜90年生きてきてA4用紙に2.3枚なんて悲しすぎる。


そして、生活保護の人になれば、ご遺体の引き取りも役所の人だから随分と放置になり、それも又心苦しい事の1つだった。


70過ぎている看護師が、悲しみ一つ見せずに、事務的にそれらをこなしているのを見ると、自分も年齢近いのに、それに対しての優しい気持ちもないんだなと痛感していた。


誰しもが、自分の寿命はわからない。


尊厳を持って見送らないといけないと、私は常に思っている。


1月は悶々とした気持ちで、過ごしてきた。

すぐに割り切れない。


毎日、寝るでしょ。大抵の人は。


地球が自転をしているから、24時間が1日。

24時間中、数時間は眠る。


私は今、愛猫と寝ようとしている。


暖かい体に触れて、お互いに命を感じている。


最近は心も疲労して、今夜はゆっくりと寝たいと思う。


それで、「自分史」を作ろうと考えている。


お父ちゃんの事も書き残したい。


そんな今日この頃。


これは皆さんにもお勧めしたい。


自分史、今まで考えてなかったけど、あったらきっと良いと思う。


お休みなさい🌙