思春期の娘を持つ親の映画を見て、思わずイラっとしてしまったムキー

 

私に反抗期なんてなかった。

あの映画の女の子やうちの娘のような、箸が転がってもウザがるような、わかりやすい反抗期はなかったように思う。

”十分に甘えられなかった子が反抗する”とは理解できるけど、私にはできなかった。

だから、羨ましいと思ってしまった。

 

私はただただ孤独で、反抗するなんて甘えたことはできなかった。

反抗するのは相手がいるからだ。

私は家族がいても常に孤独で一人だった。

反抗するのは、反応してくれることを期待する行動だ。

 

それさえできずに、私は孤独だった。

一緒に同じ家に居ながら一人だった。

誰とも繋がれずに一人だった。

 

母の精一杯の毎日に、私は無理に入れなかった。

父はガキで、姉は違う生物で、母はただ日々に謀殺されていた。

 

歯を食いしばり、心を殺して、”感じるな!感じるな!”と、声を殺して一人布団の中で泣いていた。

 

 

でも今ならわかる流れ星

両親は両親のやり方でちゃんと愛していたこと。

本当はたくさんの存在に愛されていること。

 

視える人が言っていた

ある人が”自分なんてどうせ…”と思ったり言ったりすると、その周りの存在達が悲しむらしいアセアセ

 

まだ私には視えないけど、守ってくれて、教えてくれるその存在達を悲しませないように生きたい。

日々感謝して、私がんばるから、全力でバックアップして!って頼むくらいの気持ちで生きたい。