社会保険労務士試験から1週間が経過した。


社会保険労務士の試験を初めて受けたのは2002年20歳(大学3年生)の時でした。

大学1・2年生の時は国家試験の入門編として行政書士に挑戦していた。
入門編というには、合格率は一桁の試験なのだが・・・。
行政書士に不合格になった時に、試験内容が自分に合っていない感覚があった。

社会保険労務士という資格は何となく知っていた。
難易度もそれなりに高い。
大学で62単位以上取得すると受験資格が得られる。
大学在学中に国家資格をひとつ取りたいと考えていた。

受験を決めたものの、社会保険労務士の受験科目は、
法学部の自分でも馴染みの薄い法律ばかりだった。
当然、試験に対するモチベーションは上がらず、記念受験になってしまった。
行政書士と格段にレベルの違う問題であることは肌で感じた。

もちろん当時は、労務の仕事に就くとは思っていなかったので、
これから先数年間に渡って、社会保険労務士試験を受験するとは思ってもみなかった。


2004年に就職をして、たまたま労務課に配属になったことを期に再度挑戦。
4月から勉強を始めて、8月の試験なので合格レベルの実力が付く筈もなかった。
試験会場がさいたまスーパーアリーナということもあり、受験だけはしに行った。
以後この会場が、社会保険労務士試験で使われた記憶はない。
結果的に2度目の記念受験となっってしまった。
ただ、帰りの新幹線の中で本格的に勉強しようという決意はしていた。
20代前半で合格すること、会社で唯一の社会保険労務士ホルダーになることへの魅力は感じていた。

地元にある資格学校で社会保険労務士の講座を申し込んで勉強を開始した。
最初は順調だったが、突如仕事が繁忙になり、結局労働基準法すら終わらせることができなかった。

ここから数年間社会保険労務士の受験から遠ざかることになる。

2009年4月、転職を期に再度社会保険労務士の受験を決意する。
労務として転職をしたことももちろんだが、早く帰れる会社なので日々の勉強時間が計算できるというのが大きな理由だった。
4月から独学で勉強は始めたものの、なかなかモチベーションは上がらず、
しっかり勉強した記憶があるのは、超直前期のお盆休みくらいだった。
しかし、お盆休みに勉強したことが今後大きな意味を持つことになった。

東京ビッグサイトでの試験本番。

合格レベルの実力がないことはわかっていたが、
直前期の勉強と過去5年間の労務としての実務経験から解ける問題もあった。
結果は不合格。
ただ、設定していた目標点はクリアすることができた。
「勉強すれば何とかなる試験なんだ」ということを実感するとともに、
「1年間勉強すれば何とかなる」という気持ちが生まれていた。

すぐに来年の試験に向けて動き出すことを決意。
彼女や家族には大きな負担を掛けることはわかっていた。
だから、これが最後の挑戦になるのは当然のことだった。

過去の経験から、独学には限界があることを感じていた。
まずは資格学校選びから始めた。
合格実績と教育訓練給付金が使えることをポイントとして選んだ。
通学は、何らかの理由で行けなくなるリスクを考えて止めることにした。
DVD通信にすることでさらに絞り込んだ。
最終的に2つの資格学校に絞り込んだが、実際に地元に資格学校があって、
通信講座でも自習室が使えるところを選んだ。
この選択は正解だったと思う。
選んだ資格学校は、もともと会計系の資格に強いところだったので、
自習室では、公認会計士や税理士の勉強をしている人達から刺激を受けることができた。

1年間勉強すればかなり点数が上がると思っていたが、そう甘くはなかった。
9回受けた模試も合格点に達することはなかった。
それでも「本番で合格点をとる」ことだけを考えていたので、モチベーションは下がらなかった。

集計を始めてからの勉強時間は730時間程になった。
集計を始める前を加えると800時間は越えたと思う。

1年間を通して勉強を続けることができたことが大きな自信になった。

そして迎えた試験本番。
受験会場は東京ビッグサイトを選んだ。
普通なら前年結果が伴わなかった会場は回避するのかもしれないが、
施設が充実しているのはわかっていたので、迷わず決めた。

過去3回の社会保険労務士試験では味わったことのない緊張感があった。
「持っている力をすべて出し切る」ことだけを考えて、試験に挑んだ。
試験終了の合図を聞いたとき、この目標は達成できたと感じた。

自己採点結果。午前中の試験で基準点に達していない科目があるものの、
全体的には自己ベストを更新することができた。
合格するには、本番での自己ベスト更新が至上命題だっただけにうれしかった。

ものすごく淡い期待ではあるが、11月5日の合格発表日まで望みをつなぐことができた。
自分の手からは離れてしまっているが、あきらめずにその時を待ちたい。

最後に、この「最後の挑戦」に理解をし、応援してくれた彼女に最大限の感謝しています。
『そのすべてが自分にとって勇気になりました。本当にありがとう。』