ある女性のブログを読み私は大きな悲しみと憤りを覚えました。たぶん東電社員か家族かとコメント入れるのも馬鹿らしくさえ思えました。

福島第一原発で東電や社員に同情的なコメントでした。社員なら責任と罪の意識くらい持ってほしい。もちろん私も福島で処理に当たる社員の皆様には敬意をいだきます。

しかし、それ以上に自衛隊員の皆様に最高の敬意と感謝を捧げます。

自衛隊て本来の役目は国防ですよ。今の日本は震災に加え、東電のお蔭で防衛は手薄です。東電で原発の設計や建設に当たったOBだって福島で協力して可笑しくない。

彼女のブログは、値上げにも賛成でした。値上げの前に為すべき事があるでしょう。

電気代は安い社員価格で都内には保育所が不足なのに社員に安い企業内保育園まである。東電のリゾートホテルは避難者からも料金を徴収した。公的資金を投入した企業の社員に特権は無いはずだ。公共交通があるのに一般社員でも会議や出張はタクシーだ。日本航空やNTTJRを見習え。利益を出すため血の滲むような努力をしてる。

東北の被災者は東電のため仕事を失い路頭に迷っています。電気代を上げられたら生活を守れません。福島で被災者が将来を悲観し自殺者が多発してる事に思いを寄せるべきです。

公害企業が今まで通りの賃金を守るため値上げは許されません。たぶん電力会社で世界最高の人件費をせめて公務員並みまで下げること。福島で処理に当たる社員には手当で報いれば良い。

遊休不動産や保有株式等の売却、子会社等の売却もです。資産を処理しスマートに成るのが先決です。

このまま電気代を需要家や消費者にツケ回しは可笑しい。公害発生責任は自ら負うべきです。あの水俣病を起こしたチッソは価格を転化してません。東電は独占企業だからやる。物には全て適正な価格があります。

世界一高い電気代を更に上げれば日本企業は国際競争力を失います。輸出価格を転嫁できず乾いた雑巾を幾ら絞っても利益はもう出ません。

何処の企業もコスト削減に必死です。例えばトヨタは今期の想定為替レートは対ドル80円で対ユーロ105円ですが既に水準訂正と更なるコスト削減を迫られてます。

世界一高い電気料金を負担させられるため、日本には技術は優秀なのに国際競争力を失った業種もたくさん有ります。日本の産業界は海外移転に拍車をかけるでしょう。若い人の職場は奪われます。欧州で電気料が日本より高くなったのは、世界に類の無い環境基準で炭素税を課してからです。

宮城県石巻の女川原発は、東日本大震災で高さ 13 mの大津波に襲われても、福島のような事態に陥らなかった。東電は怠慢であり歴史を見ても責任があります。

古いですが今年3月の記事を載せます。如何に東電が安普請で利益を上げたか解ります。業界No1が下位の東北電力より建設コスト削減し、如何に国民の生命と健康を犠牲にしたか理解の一助となれば幸いです。

お客である東北の人は生命と健康の危険にさらされてます。役員も社員もお客さまを助ける義務があります。

風知草:安全を見極める目=山田孝男 2012319 毎日新聞朝刊ガ

東北電力は女川原発があり東日本大震災では高さ 13 メートルの大津波に襲われた。東電の福島第一原発のような事態に陥る事はなかった。東北電力女川原発(宮城県女川町・石巻市)が津波に耐えたのは、平井弥之助(190286)という先覚者の見識と執念による。東京新聞の記事(7日朝刊)で知った。
 原発の再稼働と安全性評価が問われ、信頼の欠如が指摘されている今、平井の人物とエピソードは示唆に富む。 平井の仕事を今に伝える語り部は、東北電力で指導を受けた大島達治(82)だ。
 大島によれば、平井の真骨頂は「自分の判断で結果責任を負う」使命感にあった。「決められた基準さえ守れば」と安直に考える人間ではなかった。法令を尊重するが、法令順守が目標ではなく、法令を超えた本質的な課題を徹底して調べぬく技術者、経営者だった。
 女川原発が壊滅を免れたのは14・8メートルの高台にあった(福島第110メートル)からだ。貞観大津波(869年)を調べて立地したことは知っていた。平井の孤軍奮闘で導かれた決定だったことは知らなかった。
 平井は宮城県南部の船岡(現柴田)町出身。東京帝大の土木工学科を出て電力王・松永安左エ門(1875~1971)の東邦電力に入社。日本発送電を経て戦後は東北電力に移り、62年、副社長でやめた。
 その後は師の松永が設立した電力中央研究所の技術研究所長になった。68年、平井は女川原発を設計する東北電力の海岸施設研究委員会に参画し、津波対策を熱心に説いた。
 14・8メートルを主張したのは平井だけ。「12メートルで十分」など、平井説を過剰と見る意見が大勢を占めたが、平井の威望、気迫が勝り、東北電力は平井説を採った。40年を経て襲来した津波の高さは13メートルだった。
 平井は引き波による水位低下も見越し、冷却水が残るよう取水路を工夫させた。
 大津波は平井没後25年で来た。平井は正しかった。平井の執念、責任感とは何であったか。仙台にいる愛弟子の大島に電話で聞くと、こう答えた。
 「企業倫理とコンプライアンス(法令順守)の関係に似てるけど、本質は違いますよね。企業の社会的責任とは、法律の範囲で罪に問われなければいいということではない
 65年、皇太子(いまの天皇陛下)が東京都狛江市の電力中央研究所を見学された。案内役の平井と殿下が並ぶ写真が電中研の松永記念室の壁にかかっている。見に行った。真一文字の口元に強い意志を感じた。戒名は真徹居士だった。
 こんな逸話もある。昨年の大震災直後、大島に見舞いの電話をくれた平井の遺族(末娘)がこう語ったという。
 「父が夢に出てきて、『ワシが日ごろから(電気事業は)原子力をやるべきではない、と言ってきたことを(大島に)伝えよ』と言うのです」
 平井は、日本で原発が現実に建設され、原発の時代がくる前に一線から退いた。生前の平井が原発を否定した記憶はないと大島は首をひねる。
 大島は平井に学んで原発の質を高めよという立場。私は、平井が何百人そろっても難しいのではないかと疑う立場だが、そのことはおく--。
 関西電力大飯原発(福井県おおい町)の再稼働へ向け、手続きが進んでいる。月内にも首相と関係閣僚が決断し、地元に同意を求めるという。だが、本質は政治問題ではない。首相を支える実務家に平井のレベルの眼力と説得の気迫があるか。そこを問いたい。