きっとママってものすごい大人、だと思っているでしょう?
私が18歳の頃、あなたのおばあちゃまはものすごい大人に見えた。
大人になるということは ”できた人” になっていくことだと思っていたの、でも実際はだいぶ違うみたい。もちろんいかようにも変化はしていくけれど。
あなたが小さいとき、新しい環境に入って行く小さな背中を「大丈夫よ~」とあっけらかんと送り出しながら、(私なら逃げ出したいと思うかも・・)心の中ではちびすけのあなたの勇気を尊敬していた。
涼しい顔をしているときも、実は緊張で爆発しそうだったりしていた。
そして何度あなたの寝顔を見ながら、謝ったことか。
「さっきは怒ってごめんね」
「できないことはできない、仕方ないのに」
後で後悔するくらいなら、怒らなければいいのにね。 ”できる人” への道のりは、一筋縄ではいかない。
後悔って苦い分記憶に残りやすいけれど、一日24時間の中では後悔していないことのが多いはず。でも人は普通の喜びと後悔のうち、先に思い出しがちなのは後悔なのかもしれない。
でも今懐かしく思い出すのは、うっかり忘れそうなほど平凡な日々。後悔でも興奮する喜びでもない、そう、日常の生活。
手を繋いで、毎日学校の送り迎え
学校帰りの公園の夕暮れ時間
秋の落ち葉を集めながらの、長い帰路
どうしても行きたくないとバレー教室に行くのを嫌がったあなたに
「今日はカフェでおやつにしようか」といった時の顔の輝き
実をいえば、当時は「なんで毎日同じことの繰り返し」と感じることもあったの、未熟な母でごめん!
当時20代、30代、自分の時間が欲しくて仕方なかった。
ささやかな日常の積み重ねこそが幸せな時間だったと、今愛おしく感じる。
ほろ苦さでも、派手なバカンスでもない。
心に残るのは日常の生活、それは幸せの代名詞。
