先回の続きです。
保健師Aさん、終始笑顔を絶やさずに、
病院勤務時代のことを語ってくださいました。
「キツかった。」
と。
なにがというと、
大人たちに対してであったとのこと。
「もう、誰も近寄れようなオーラが出まくっていましたよ、たぶん(笑)」
なんて言われたり。
NICU勤務時代、
障害があることがわかった時点から、親が全く面会に来なくなってしまった子や、
障害児であるということで親から虐待を受け、
救急で運ばれてきたけど、
その後、一生自発呼吸出来なくなってしまった子・・・
捨てられ、病院から施設へ送られる子ども達を何人もみてこられたそうです。
よほど、
辛く、悲しく、悔しい思いをされてこられたんでしょうね。
でも、そんなAさんだからこそ、
親達ものことも、きっと、思いやっていらしたんでしょうね。
はるぽん生まれて数か月後、
最初に家庭訪問に来て下さった時の、Aさんのまなざしの強さの訳、
やっとわかりました。
きっと、
”一人でも悲しむ子どもを増やさないようしたい。見守り、見逃さない!!!”
という、”愛”だったのでしょう(ノ_-。)
”愛”っていろんな姿をして、現れてくれるものですね![]()
こんなAさんのような保健師さんもいてくださるんですね。
でも、確実に『奇特な方』でしょうね~~~
(なんて、また失礼!?(^o^;)
)
話は変わりますが、
私の患者さんのお一人に、
もう成人されてるお子様が、チャレンジド手帳お持ちの方がいらっしゃいます。
先輩ママとして、色んなことを教えていただいておりますが、
やはり、「虐待」の話題はでてきます。
その方も、辛かったので語らずにはいられないのだと思いますが、
自分の友人たちが、わが子達に、虐待をしだした過程をみてこられたので、
その辛さははかり知れません。
あるご友人は、子どもを、とある高等特別支援学校へ入れるために、
相当、頑張ってこられたそうです。
その学校の卒業生は、なんと”就職率100%”!!!
この学校に入学させることが、自分の希望、夢なんだと、ずっと言われ続けていたのですが、
お子さん、落ちてしまいました。
その後、「私の人生終わった」と言われ、そこから、虐待が始まってしまい・・・。
救急でなんどもお子さんが搬送されることが続き、結局、親権放棄されたそうです。
また別の友人ママさんは、お子さんがその”就職率100%”学校に入学し、
しかも卒業時、超大手会社への就職内定も決まっていたのに・・・。
お子さん自身が、暴れ始めたそうです。
エスカレートし、手がつけられなくなり、
病院へ運ばれ、最終的に専門のドクターに、
「この子の本質にそぐわない育て方を、どうしてずっと、ここまでしてきたんだ!!!」
と、そのママさん、叱られたんだとか。
就職内定は取り消され、お子さんはその後、病院で隔離生活を送っているようです。
・・・お母様たち、一生懸命だったんでしょうね。
”愛”って難しいですね。
お子さんだけじゃない事情もおありだったんでしょうね。
はるぽんとまだ3年ちょっとしか過ごしていないわたしには、
何をも語ることできません。
ですが、私と、患者さん兼、先輩ママさんで、いつも語り合っている内容の最後はいつも、
「有り難い、有り難い。」
で終わらせます。
そう、なんでも、有り難いことに変換させちゃっているんです(笑)
そして、
「とにかく、笑顔で。」
と言われます。
先輩ママさんは、何度も何度も、お子さんの病気で大変なことがおこってきたそうです。
診断名がわかるまでに、なんと15年以上かかられたとか。
まだ、治療法も確立されていないのだそうです。
ですが、ずーっと不安に苛まれ続けていた時に、
「なに?また入院?
たかがで終わってしまう病気で、またもや救急車?!
先生、看護師さん達、ありがとうございますだわー。」
と思うようにしだしてから、
随分と楽になったそうです。
「入院期間長かったおかげで、もっと大変な子ども達が多いことを知ったの。
たくさん人の痛みを知ることできたの。
知らないままだったら、高慢ちきで嫌な人間のままだったかもしれない。
こどものおかげで気付けたのよ。」
というようなことも、仰います。
その先輩ママの治療させていただいておりますが、
実は、わたしが癒してもらっているような感じです(//・_・//)
なんでも、
「笑顔と、感謝に変換する癖」
これが、大きなキーワードになるような気がします。
あと、自分のせいにも、人にせいにも、神様のせいにもしないとかも・・・。
わたしの笑顔の師匠です![]()
「ありの~~~ ままの~~~ じぶんで~~~ いいの~~~♪」
なんだか最後、取りとめもなくなってしまいましたが、(>_<)![]()
今日もご訪問ありがとうございました![]()
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