第6話
【衝撃的出会い】
こんにちは、渡村です。
モンッアを手放してから特に欲しい車もなく
兄たちの車に乗せてもらいながら
つまらない日々を送っていたのですが
その頃にちょうどヤマハから初代RZ250が
発売されたのをきっかけにバイクブームが訪れ
バイクに夢中になっていきました。
16歳で原付免許を手に入れ初めて購入した
バイクはヤマハGT50(通称ミニトレ)でした。
その頃の楽しかった思い出がよみがえり
RZ発売後すぐに発注したのは言うまでも
ありません。
その後2サイクルばかり何台か乗り継ぎ
ましたが何か物足りない気持ちが常に
心の中にありました。
そんな時、街中をバイクで流しながら信号
待ちで停止していた時の事です。
私のすぐ後ろで何やら大きな排気音が聞こえ
ているのですが確認しようとはミラーを見たの
ですが何も写りません。
おかしいなと思いながら振り返ると
そこにいたのはスーパーセブン!
そう、低すぎてミラーに入らなかったのです。
車の雑誌では見たことは有ったのですが
実車を見たのは初めてでした。
エアークリーナまる出しのボンネット
サイドマフラーからの爆音、路面に直接座って
いるかのようなドライビングポジション
その時に私の中で衝撃が走りました。
『こいつを待ってたんだようー!』
『何年かかっても絶対に手に入れてやる』
その日のうちにバイクを売り払い
スーパーセブンに関する雑誌や書籍を
買い集め、色々な情報を得る事に集中
しました。
もともと小学生の頃から毎月26日発売の
カーグラフィック誌を楽しみにしていた
ほどの変な子供でしたので
他の事はすべて飽きっぽく何をしても
続かない、そんな性格でしたが唯一
車に関してはそれは当てはまりません。
ここでロータスセブン
ケーターハムスーパーセブンの事を知って
いる方も多いと思いますがあまり知らない
という方のために簡単に説明しておきますね。
ロータスの創始者コーリンチャップマンは
1949年、大学生の傍ら
クラブマンレースに勝てる車を目指して
一部友人たちのためにに市販車をベースに
した車を製造、販売していましたが、あまり
のレースでの活躍から評判になりそれまで
のワンオフに近いモデルとは違い本格的に
量産を想定したマーク6を市販するために
1952年レーシングカー製造販売会社
ロータスエンジニアリングを設立しました。
マーク6を始め、その後のマーク8、9、10
イレブンと続き、コスティン兄弟の協力を得て
総計としてレーシングカーとしては異例の
270台が製造されました。
その後、充分な資金を得たロータスは本格的な
スポーツカーの製造に乗り出し1957にクラブマン
レーサー向けに[セブン]とエリートを同時に
発表しました。
そう、この時に発表された「セブン」が今でも続く
ケーターハムの原型です。
一方のエリートですが当時としては
いや現在でも
異例のFRPフルモノコックフレームを持ち空飛ぶ
消防ポンプと謳われたコベントリークライマックス
エンジンを搭載し時代を遥かに超えたGTとして
発表されました。
そののち「セブン」はシリーズ2に
アナウンスでは軽量化のための改良と謳って
いましたが
実は手間のかかるスペースフレームの生産性向上
のために自重でつぶれるまで1本1本パイプ
を取り除いていくというものでした。
そしてシリーズ3では年々増加するパワーに
合わせリアフェンダーがワイドになるなど改良
されシリーズ4を最後に1974年をもってロータス
としては生産中止となりました。
その後ロータススーパーセブンのオーナーでもあり
セブンの消滅を嘆いたケーターハムの創始者
グラハムニアーンによってロータスより製造権を
譲り受けロータス時代には最後まで手を付けなかった
弱いフレームを始め数々の改良を受け
ケーターハムスーパーセブンとして現在
でも製造販売されています。
いつも最後まで読んで頂きありがとうございます。
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