ブログを書いてると自分の調子が良く判る、、
言葉が雨あられと降ってきて、払い除けるくらいの時もあれば、
やっと絞り出した言葉に、かっこつけるから、能面のような文章になることもある、、

始めた頃、もっと読んでもらいたくて、文章力アップのハウツウものを漁ったが、どれも印象が薄かった、、
結局、自分の言葉で、時間を忘れて、書いていられるかに行き着いた、、

方や、ブログは自分の為だと言いながら、ランキングが上がったり、投稿の間が空いても読みに来てくれたりが、嬉しくもあり、気が重い、、

宝は、書くと覚悟ができるのか、自分がスッキリすることだ、、
なにより、読み返すと驚くほど別人の自分に逢えることがあり、これが実に面白い、、

枝雀師匠が自分の落語を聞いて馬鹿笑いすることに、嫌悪感を抱いたことを思いだすが、今は解るような気がする、、

現に、「250円」と「ひさしぶりの250円」を読み返して、声を上げて笑い、その訳と気持ちを
台所に立つ女房に伝えたら、自分で書いたのに気持ち悪いと返事が返ってきた、、

やっぱり、俺が変なのかなぁ~

でも、この景色を撮ろうとスマホを構えるのは、単なる感動だけじゃない、ブログに載せたいからだ、、
伊豆の青い空
2月4日午前、、
猪の住み家を探すでもなく、天国の裏山の人道は何処まで続くのか、生まれて初めての試みで、面白そうだから、登ってみることにした、、

懐かしい、、小学校の十国峠の遠足みたいだ、、この細い道は、きっと空から見たら蛇が逃げるようにクネクネしてんだろうなぁ、、

電波の加減か、胸のポケットから流れる、大沢悠里さん声がとぎれとぎれで、ただ聞こえてるだけになってきた、、携帯のGPS表示も呪文みたいな文字ばかりで、ますます行き着く場所の創造でワクワクしてる、、

まあよくも、こんな山中まで電柱を建てるようになったんだ、、強欲の人間に、猪もさぞ迷惑したろう、、

昔の人は凄い、なんて、無惨に朽ちて散らばるコンクリの塊をまたいでく、、
そしたら、代ちゃんと加藤さんと赤尾の山で汗かいたことが浮かび胸がきゅっとした、、

首を長くして、木々が無かったら急な崖を見下ろして探したら、俺の天国の竹林を遠くの方に見つけ、そりゃあ嬉しかったなぁ、、

一時間以上経っただろうか、まだまだ胸突き八丁が続き、帰りを考えると、引き返そうかの焦りと同時に、霜柱を踏んで来たのが嘘のように下着がびしょびしょである、、

こうなったら、もう、どうなっても登りきってやる、、
俺は傍らの雑木の枝を折って、地面をバシバシ叩いて意気込んだ、そしたらすぐ道が無くなった、

錆びた防護柵の単管が見え、わざと通せんぼするように、捨てられた木の伐採のかたまりを押して伸び上がった、、目の前がパット開けた、、
何と、そこには二軒の小屋が綺麗に除草された茶色の敷地に建っていた、まだ先があるが、この庭先を通らなければ行けない、、

伊豆の青い空
それにしてもこの眺めは何だ、、高い、、

上には上がいるもんだ、、俺の理想が既に、ここにあって、言葉も無い。
システムから抜け出せない、守りの俺とは全然違う、筋金入りの人がいたんだ、、

帰りに、その住人のAさんに逢えて解ったのだが、風致地区の山林を監視している小屋、、いや、家だった、、
水の他は何も引いてないと言う、、ありったけの話の最後に、二度とここには来ないかもしれませんと、何故言ってしまったのか、、
最近、無性にまた逢いたくなっている、、

あ、何処にたどり着いたか?、、それは俺の頭に書くだけにする、、
だって、どんな自分が、このブログを読み返すか楽しみだから、、、。