小学校時代の友達でひさしぶりに集まろうという話があったので行ってきた。

夕方に馬場のビックボックス前で集合。
数人は保育園からのつきあいなのでもう37年という事になるのか、17年ぶりに会う友人も居た。

飲み屋で近況報告やら他愛のない話をした。

店を出て育った高田の町を散歩してみようという話になった。

子供の頃に住んでいたそれぞれの家をめぐったりしながら通っていた小学校へ。
そしてまた、高田馬場の駅まで戻ったのだが、そのルートがまさに小学校時代の通学路で、みんなで下校して別れる時にバイバイをした交差点など昔のままだった、まわりの建物を除いては。

戦争や災害がなくても住んでいた町がなくなってしまうこともあるのだ。
都会というのはそういう所で、昭和末期にあったバブルという大きなうねりのなかでみな散り散りなってしまった。
帰ればみんながいるというあの頃の町はもう無いのだ。

子供がいて今でも高田に住んでいるやつは、子供もまた自分たちと同じ小学校に通わせるそうだ。
親の世代からなのでもう三代続いてということになる。

久しぶりの再会で、会って話したら20世紀少年のような気分になるものだと思っていたが、実際は劇画オバQだった。
おいらだけが、ほんとに何も変わっていなかったのだ。

今日はここ最近のなかでも特に寒い気がして、みんなと別れて家に向かう坂道では心も体も冷え切った気分だった。

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有機栽培は無農薬~♪ あおムシくんめでたや くらしてる~♪

育てていたきゅうりがようやく収穫できるほどの大きさに育ってきた。

屋上で育てていた苗は台風の被害で少ししか実がならなかったけど、1階で育てていた苗にはそこそこの量の実がなっている。

食べごろのきゅうりをもぎ取ると、さっそく姪っ子と母親が味噌をつけて「おいしいおいしい」と嬉しそうに食べていた。

時間と手間をかけて育てたわりには大量に収穫出来たという訳でもなく、これなら安売りのきゅうりを買った方が早い訳だが、育てていることによりあらたな発見や喜びもあったし、何より農家の人びとが手間と時間をかけて育てて、それを安い値段で市場に提供してくれているんだなぁということがわかったりもした。

きゅうり自体の実りは少なかったけど、たくさんの事に気づかせてくれたり、母親や子供たちにの笑顔が見れたことがいちばんの収穫だったのではないだろうか。

吹く風がすっかり秋になった夜にそんな風に思ったこまちゃんなのでした。