序章。
二千四百三年、人類はついに、生体コンピューターによる記憶転写技術を開発した。これにより完全なるクローニングが実現した。初期は脳死の可能性がある患者、認知症の患者、脳に重騰な障害のある患者等に使用されていたが、その後特殊技能を持つ者、特に軍人、技術者、科学者等の寿命を延ばす為にも使用される様になった。だがその事が世間に知れ渡る様になると、不老不死を望む者が大金を払ってクローニングを望む者が現れ、有名人、富豪、若返りを望む者、犯罪者までクローニングを行う様になった。政府は対犯罪者措置と生命倫理により、ガイドラインを設けクローニングを規制した。これにより表面上はクローンの増加は収まった。しかし闇社会でのクローニングはなかなか根絶出来ないのが当時の悩みの種であった。
二千四百六年、前代未聞の事件が起きた。バイオテロである。中東でとある宗教団体が、増え過ぎた人口を抑制するとして殺人ウイルスをばらまいた。空気感染するそれは、エボラ出血熱よりも酷い未知のウイルスだった。早速世界統一政府は軍を派遣して封鎖を行い隔離したが、ウイルスの感染力は異常だった。まず、封鎖していた軍が感染した。動物や鳥、虫や植物の花粉まで媒介とするそれは、あらゆる手段を使っても防ぎようが無かった。ついに統一政府は中東を核爆撃する事に踏み切った。爆撃は実行され、事態は収拾したかに見えた。だが翌月、世界各地でウイルスの感染者が発見された。隔離を行おうとしたが、時既に遅く、ウイルスは世界中に蔓延して行った。未感染の者は各地でコロニーを作り、地下に籠って事態の収拾を待つしか無かった。
その頃、統一政府の首脳陣は決断に迫られていた。世界各地を核爆撃するか?通常爆撃ではとてもでは無いが世界中に蔓延しているウイルスを駆逐する事は出来ない。そこまでの数の爆弾は無いのだ。頼みの綱であるP4ラボからは、ワクチンが精製出来たと言う連絡は無い。一刻を争う事態なのだが、まさか全世界を焦土化する訳にもいかない。放射能汚染されて、人間が住めなくなる訳にはいかないのだ。地球環境をこれ以上破壊する訳にもいかない。核の冬等到来させるわけにはいかない。そうこうしている間に感染は拡大の一途を辿る。
そんな時、意外な方面から吉報が入った。ケミカルテクノロジー分野からである。散布すると、二ヶ月後には放射能が除去される化学製品を開発した。次に統一宇宙開拓部門から連絡があった。砂漠でも育つ、品種改良型植物の合成に成功したとの報告だった。
これにより、統一政府は決断した。人類滅亡を避ける為に最終手段に出るしか無いと。
二千四百七年二月十三日、世界核攻撃が行われた。
起章。
「アラート、アラート。バイオモンスター出現、待機要員は出撃されたし。」
地下のコロニー内に警報が鳴り響く。誠は茜との会話を断ち切って、病室のドアをくぐり抜けた。去り際に一言。
「又来るよ。」
そんな誠を心配そうに、病室のベッドから見送るしかない茜であったが、内心の葛藤を押さえて、出来る限り明るく振る舞った。
「今度は、チョコレートケーキでも持って来て!」
ベッドに半身を起こしながら、茜はそう言ってみた。答えは予想の範疇を出なかった。
「今の時代にそんな物が有る分けないよ。まぁ、材料があったら作ってみるさ。」
誠には、これが精一杯の愛情表現だった。そんな誠の気持ちを理解して、茜は強気な発言をする。
「それ、食べられるの?!」
誠は、気楽な呈をして答えた。
「さあね。」
そう言いながら、病室のドアをくぐり抜けた誠は、既に戦士の風貌になっていた。
二千四百十五年、人口は八分の一まで減少していた。核攻撃により、不治のウィルスから免れた物の、世界は寸断され、各コロニーは孤立していた。何故寸断されていたかと言えば、それは核攻撃に依る、不測の現象が起きたからに過ぎない。
バイオモンスターである。放射能により、DNAを汚染された動物等が突如凶暴化して人を襲い始めた。最初は種の形態を取っていたが、恐ろしい事に異種交配がDNAの破壊により可能になってしまった。数年も経つと、混成種が激増し、動物では無く、モンスターと呼んで相応しい生命体に進化してしまったのである。当時、コロニーの人々にはこのモンスターを駆逐するすべは無かった。軍から最新自衛用マシーンを支給されるまでは。
そのマシーンとは、常温超電導モーターを装着し、生体コンピューターに馬の記憶を転写し搭載され、自立行動出来る自動二輪と、NBC兵器にも耐えられる装甲服、そして実弾の銃火器、および超振動ナイフだった。自衛用に各コロニーに八台ずつ配備され、それに搭乗する者はマシーンホース部隊と呼ばれた。誠は、そのマシーンホース部隊の隊員の一人だった。
「今回のモンスターは二匹だそうだ。」
白木隊長が緊張の面持ちでそう伝達した。四十初頭の精悍な体格をした、ベテランの戦士だ。
「助かった。三匹同時に相手するよりは楽だ、なあ坊や。」
菅野副隊長が少し緊張を解いて、誠に話しかけた。誠は坊や扱いされるのは不満だが、菅野副隊長にはよく面倒を見てもらっており、頭が上がらない。菅野副隊長は三十後半、白木隊長に次ぐベテランの戦士だ。誠は不満を隠して答えた。
「坊やは止めて下さい。この前一匹倒しましたよ。」
「がはは、あんな危なっかしい倒し方が有るか。もう少しでやられる所じゃなかったか!」
そう豪快に笑って誠の頭を軽く叩いたのは、渡辺隊員。三十半ばの偉丈夫だ。
「いえ、誠は若いのに良くやってますよ。」
そう誠を擁護したのは、武田隊員。三十前半の細身の男だ。
この五名が、このコロニーを守るマシーンホース部隊の面々だった。誠は部隊最年少の二十五歳だった。全員装甲服を着用し、マシーンホース倉庫の詰め所で待機している。やがて詰め所のスピーカーから詳細情報が伝えられた。
「バイオモンスターは東北東一キロ圏内に侵入。マシーンホース部隊出撃されたし。」
「出撃!」
隊長の号令とともに各自愛機に乗って次々に飛び出して行った。
コロニー東北東八百メートル地点。二匹のバイオモンスターを視認した。モンスター狩りの手順は確立されている。まず環状にモンスターを包囲し、銃撃で足止めする。そしてモンスターの動きが鈍った所で突撃要員が超振動ナイフでとどめを刺すのである。銃撃だけでとどめを刺すのは困難だ。頭部を打ち抜かれてもまだ襲ってくるモンスターも居るのだ。だから超振動ナイフで首を切断するのである。今回もその手順に従った。五騎のマシーンホースで環状に包囲し、銃撃を浴びせる。モンスターが近付いてくれば後退し、二輪の機動性を生かして一定の距離を保つ。モンスターが弱って来た所で徐々に包囲網を縮め、今回は二騎のマシーンホースが前後から突撃した。超振動ナイフがモンスターの首を切り落とす刹那、モンスターは咆哮をあげて地に伏した。モンスターが動かないのを確認すると、任務完了である。今度も無事任務は完了した。
「・・・、終わったな。」
隊長はそう呟いた。今回、誠は援護射撃に回った。突撃要員に指名されたのは過去一度きりだ。まだ経験不足の誠には、戦いは常に必死だ。終わったと分かった瞬間、誠は無償に茜に会いたくなった。今日も無事に生きていられたのだ。茜に無事な姿を見せたかった。
「全騎帰投!」
隊長の号令とともに、マシーンホースはコロニーに向かって駆けて行った。
コロニー帰投後、誠は自室でシャワーを浴び、早足で茜の病室へ向かった。
「お帰りなさい!」
茜は満面の笑みで迎えた。茜は上半身を起こし、編み物をしていた様だ。
「今日も何とか無事だったよ。」
誠がそう言うと、茜は言った。
「分かってるわよ、無事だって事位。貴方がそう簡単に死ぬ分けないわよ。」
茜は気丈にそう答えたが、実は誠が出撃する度に涙を流して神に祈っているのである。そんな事おくびにも出さずに、誠の前では明るく振る舞っていた。
誠はやれやれと言う呈で軽く首を左右に振った。
誠と茜が出会ったのは三年前である。当時茜は二十歳、誠は二十二歳だった。出会いのきっかけは、誠が入院している父親の面会に訪れた時、歩行補助器具を使って危なっかしげに歩いている女性を見かけた。どうやら足がまともに動かないらしい。何も無い所でよろけて、補助器具ごと倒れそうになった所を誠が抱きとめた。
「有り難うございます・・・。」
その女性は顔を上げて、そうお礼を述べた。誠はその瞬間恋に落ちた。一目惚れである。誠の口から咄嗟に出た言葉は、女性に怪訝そうな顔をさせた。
「好きです、付き合って下さい!」
女性は困った顔をした。
「あの、私貴方と初めてお会いしたばかりですし、貴方の名前も知りませんし・・・。」
申し訳有りません、と言われる前に誠は次の言葉を発した。
「僕の名前は早川誠。貴方の名前は?」
「はぁ、橘茜と申しますが・・・。」
「素敵な名前ですね。本で読んだアキアカネを思い出します。」
「それは何でしょうか・・・?」
「昔生息していたトンボです。」
女性は一瞬理解しかねた様だが、すぐに口元を手で押さえて微笑した。
「ふふ、面白い方ですね。良いですよお友達なら。私もお友達が欲しいと思っていたんです。ずっと病因暮らしだから・・・。」
「では、毎日会いに来ても良いでしょうか?」
「良いですよ、私も退屈なもので、お話し相手が欲しいと思ってましたから。」
「では、毎日午後三時に休憩室でお待ちしております。」
「いえ、病室へ来て下さって構いません。何しろ足が不自由なものですから・・・。ただし、午後三時に来て下さい。」
「分かりました。」
そう言って誠は茜を起こした。
「では、明日午後三時に。」
そう言って誠は茜を手伝おうともせずに、父の病室へと去ってしまった。誠の頭の中は春爛漫でそこまで気が回らなかったのである。それに、このコロニーには妙齢の女性が少ない。女性と出会う機会も少ないので、一気にまくしたてたのだ。友達でもあんなに可憐な女性とお付き合い出来るなら頭の中がお花畑で埋まってもしょうがなかった。父親の病室を訪れた時には、誠は大声で叫んでいた。
「やったー!」
入院している父親は何事かと驚いたものだ。
翌日から誠は午後三時きっかりに、毎日茜の病室を訪れる様になった。茜は病院の外の事を喜んで聞いた。茜は良く笑った。誠も気に入ってもらおうと、食料生産プラントの仕事を夜勤に回してもらい、日中はコロニーの中を散策し、色々な話題を収集して行った。
それから三週間余り。父親の退院を明日に控えて、誠は茜に言った。
「御免茜さん。明日から会えなくなる。」
病院は本来、家族以外面会お断りなのだ。
茜は微笑んで言った。
「良いの。こちらこそ今まで有り難う。お話面白かったわ。」
誠は焦って言った。
「茜さん、もう一度言わせてもらっても良いかな?」
「なぁに?」
「僕と付き合ってくれませんか?」
誠がそう言うと、茜は視線を落として一言。
「御免なさい・・・。」
誠は肩を落とした。
「うん、ありがとう茜さん。今まで付き合ってくれて・・・。」
茜は一瞬切なそうな表情をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「いえ、こちらこそ有り難うございました。お話、とっても面白かったわ。」
誠は目の前が真っ暗になった気がした。
「じゃあ、茜さんさようなら。」
そう言って誠は茜の病室を後にした。
翌日、父親の退院の手伝いの為に父の病室を訪れようとした誠は、見知らぬ医者と女性看護師に呼び止められた。
「早川誠さん、ちょっとお話がありますので面談室まで来てもらえませんか?」
医師は荘重な面持ちで話しかけて来た。面談室まで行く途中、茜の病室に入り浸っていた事を注意されるのか、と誠はいぶかしがった。面談室に入ると、二人と対面させられる様に座らされ、医師は両手をくんで口を開いた。
「早川さん。本来なら許されない事なのですが、今まで大目に見てきました。それも彼女の希望になって欲しいからです。」
誠は何の事か分からなかった。代わりに女性看護士が口を開いた。
「橘茜さんの事なんですけど、彼女今までずっと苦しんでいたんです。いつも伏し目がちで全然笑わないで・・・。それがここ最近明るくなったんですよ。何があったのか聞いても言わなかったんですが、つい三日前恥ずかしそうに、『好きな人が出来た。』と。でも昨日、病室へ入ったら泣いていたんですよ。好きな人と別れなければいけないと・・・。又以前の状態に戻るよりは、特例を作って彼女のメンタルケアが出来ればと・・・。」
誠はおぼろげながら分かって来た。
「つまり早川さん。貴方を彼女の身内として認めますので、彼女を励まして欲しいんです。」
医師ははっきり言った。誠は叫んだ。
「では、茜さんに会いに来て良いんですね?!」
医師と女性看護師は重々しく頷いた。誠は希望の光が再び射すのを感じた。面談室から出ると、早速茜の病室へと向かった。
病室のドアをノックすると、中から茜の返事が聞こえた。静かにドアを開けて、誠は病室の中へ入った。ベッドの上では、茜が驚いた顔をして両手で口元を押さえていた。
「茜さん、これからも会える様になったよ!特別に認めてもらったんだ!」
茜は安堵と嬉しさのあまり涙をこぼして言った。
「好きです、誠さん。こんな私でよければ、ずっと傍に居て下さい・・・。」
茜の語尾は消え入りそうだったが、誠には十分伝わった。誠は茜を抱きしめて言った。
「僕も大好きだよ、茜さんの事が・・・。」
誠も何時しか涙を流していた。
それから誠は足しげく病院に通い、茜との思い出を重ねて行った。茜も明るくなった。だが付き合い始めてから一年後、茜の病状が進行した。足の痺れが下半身に広がり、半身不随になってしまったのである。誠は医師に問いただした。だが医師の答えはこうだった。
「彼女が自ら話すまで待って欲しい。」
誠は仕方なく、茜に聞く事にした。誠は優しく茜に尋ねてみた。
「茜、君の病気は何なんだい?」
茜はしばらく俯いていたが、意を決した様に顔を上げた。
「・・・、神経が麻痺して行く病気よ・・・。足から広がって行って、終いには脳神経まで麻痺してしまうって・・・。」
誠は驚いた。まるで絶望の深淵を覗いた様な気分だった。
「親は?家族はその事を知っているのかい?」
茜は目を伏せている。
「・・・、家族は居ないわ・・・。」
誠は再び驚いた。茜は続ける。
「お父さんもお母さんも私が小さい頃にモンスターに殺されたわ。幸いにも親がかなりの遺産を残しておいてくれたから私は生きていられるの・・・。」
誠は強くクローニングを奨めた。
「君が死ぬのは嫌だ!頼む、クローニング手術を受けてくれ!」
茜の反応は意外にも過激だった。
「嫌よ!私が私でなくなってしまう様な気がして・・・。私は産まれたままのこの体が良いの!」
誠は女心を察して何も言えなくなってしまった。
誠は仕事を変える事にした。マシーンホース部隊に志願したのだ。食料生産プラントの仕事よりも遥かに稼げる仕事を選んだのである。適性試験に難なく合格した誠は実戦に向けトレーニングに励んだ。実戦部隊に配属されれば時間にかなりの余裕ができる。基本的にマシーンホース部隊の実働時間は短時間で済む。それ以外は招集がかかってから十分以内に基地へたどり着けるのならば何をしていても構わないのだ。茜と一緒にいる時間を多く作りたかった誠にはうってつけの仕事なのである。お金と時間、両方手に入るのだ。何処かのコロニーに大病院が残っていればそこで茜の治療法が見つかるかもしれない。その情報を得る為にもマシーンホース部隊は割がいいのである。
そして一年後、目出たくマシーンホース実戦部隊に選ばれた誠は、初実戦で初戦果を挙げた。突撃要員として、モンスターを一匹倒したのだ。初陣で突撃要員に選ばれた事は前例がないが、一番有利な位置に居たのがたまたま誠だったのだ。初戦果を茜に報告すると喜んでくれたが、内心では物凄く心配しているのが目に見えて分かった。それからなるべく後衛に徹する事にした。そして一年が過ぎ現在に至る。
茜との逢瀬を楽しんだ誠は、自室に帰ると死んだ様に眠った。
翌朝目が覚めると、整備班から緊急の連絡が入った。誠騎の生体コンピューターがストレスにより機能障害を起こしたと言うのである。残りのマシーンホースの生体コンピューターを使い修理するが、今まで学習した事を移行させたいので、軍に連絡を取り記憶転写を行うと言うのである。残りの三騎はパーツ取り用となっている為稼働出来ない。メンテナンスに二週間欲しいとの事だった。誠は仕方なく了承した。これにより、誠は二週間の休暇に入った。まぁ良い。茜と一緒にいられる時間が増えたと考えれば良い。一週間後には茜の誕生日が控えてる。その時は今度こそプロポーズをしようと考えているのだ。
午後三時。誠は茜の面会にやって来た。茜は相変わらずベッドに上半身を起こしていた。編み物はやっていない。窓外をぼんやりと見つめて誠が入って来た事にも気付かない様だった。
「どうかしましたか?お姫様。」
誠の声に我にかえった茜は、困惑の表情を見せながら答えた。
「ううん、何でも無い。ちょっとボーッとしていただけ・・・。」
誠は違和感を感じたが、口には出さず別の事を言った。
「二週間の休暇を貰ったよ。医者に許可貰って何処か遊びに行こうか?」
「良いわね・・・。」
気のない返事に異変を感じた誠は、真剣な面持ちになり茜に聞いてみた。
「何かあったのか・・・?」
茜はしばらく黙っていたが、その内ぽつりと言った。
「指が・・・、動かないの・・・。」
誠は心臓が一瞬止まりかけた。
「その事は医者に言ったのかい?」
背中を走る冷たい汗を感じながら、表面上は穏やかに茜に聞いた。茜は咳を切った様に泣き始めた。
「クローニングするしかないって!嫌よ!私が私でなくなっちゃう・・・!取り敢えず軍病院に移送して詳しい事を調べて治療するか、クローニングもそこでできるから後は本人の意思次第だって!」
誠は冷静に問いかけた。
「で、移送の時期は・・・?」
「一週間後・・・。」
丁度茜の誕生日だ。しかも誠の愛機を引き取りにくる日でもある。
「分かった、僕もついて行くよ。」
そう言って誠は茜を安心させた。茜は俯いて大粒の涙を流していた。
一週間後、誠と茜は軍病院に居た。ここまでの道のりは物々しかった。装甲車が先頭と後尾に付き、間を輸送車と救急車が護衛されるのである。道のりは長かった。
到着したら茜は早速検査に回された。検査の結果は治療不可能、クローニングをお奨めする、との事だった。他に方法が無いものか誠が問うと、医師は一つだけ提案を行った。
「無い事も有りません。コールドスリープに入り、治療法が確立されるのを待つのです。」
その事を茜に話すと、茜はあっさり承諾した。そしてこう付け加えた。
「私が居ない間に貴方が無茶をするかもしれない。だから私が監視します。」
つまり寝ている間、一緒の記憶が途切れるのは嫌だ。だから自分の記憶を誠の愛機に移植し、コールドスリープから目覚めた後、自分の分身のマシーンホースの記憶を自分に戻して欲しい、との事だった。誠は反対した。幾ら分身といえども茜を戦場に出したく無いのだ。だが誠は彼女の強い意志に負け、不承不承承諾した。
こうして茜の記憶転写とコールドスリープは行われた。
二千四百三年、人類はついに、生体コンピューターによる記憶転写技術を開発した。これにより完全なるクローニングが実現した。初期は脳死の可能性がある患者、認知症の患者、脳に重騰な障害のある患者等に使用されていたが、その後特殊技能を持つ者、特に軍人、技術者、科学者等の寿命を延ばす為にも使用される様になった。だがその事が世間に知れ渡る様になると、不老不死を望む者が大金を払ってクローニングを望む者が現れ、有名人、富豪、若返りを望む者、犯罪者までクローニングを行う様になった。政府は対犯罪者措置と生命倫理により、ガイドラインを設けクローニングを規制した。これにより表面上はクローンの増加は収まった。しかし闇社会でのクローニングはなかなか根絶出来ないのが当時の悩みの種であった。
二千四百六年、前代未聞の事件が起きた。バイオテロである。中東でとある宗教団体が、増え過ぎた人口を抑制するとして殺人ウイルスをばらまいた。空気感染するそれは、エボラ出血熱よりも酷い未知のウイルスだった。早速世界統一政府は軍を派遣して封鎖を行い隔離したが、ウイルスの感染力は異常だった。まず、封鎖していた軍が感染した。動物や鳥、虫や植物の花粉まで媒介とするそれは、あらゆる手段を使っても防ぎようが無かった。ついに統一政府は中東を核爆撃する事に踏み切った。爆撃は実行され、事態は収拾したかに見えた。だが翌月、世界各地でウイルスの感染者が発見された。隔離を行おうとしたが、時既に遅く、ウイルスは世界中に蔓延して行った。未感染の者は各地でコロニーを作り、地下に籠って事態の収拾を待つしか無かった。
その頃、統一政府の首脳陣は決断に迫られていた。世界各地を核爆撃するか?通常爆撃ではとてもでは無いが世界中に蔓延しているウイルスを駆逐する事は出来ない。そこまでの数の爆弾は無いのだ。頼みの綱であるP4ラボからは、ワクチンが精製出来たと言う連絡は無い。一刻を争う事態なのだが、まさか全世界を焦土化する訳にもいかない。放射能汚染されて、人間が住めなくなる訳にはいかないのだ。地球環境をこれ以上破壊する訳にもいかない。核の冬等到来させるわけにはいかない。そうこうしている間に感染は拡大の一途を辿る。
そんな時、意外な方面から吉報が入った。ケミカルテクノロジー分野からである。散布すると、二ヶ月後には放射能が除去される化学製品を開発した。次に統一宇宙開拓部門から連絡があった。砂漠でも育つ、品種改良型植物の合成に成功したとの報告だった。
これにより、統一政府は決断した。人類滅亡を避ける為に最終手段に出るしか無いと。
二千四百七年二月十三日、世界核攻撃が行われた。
起章。
「アラート、アラート。バイオモンスター出現、待機要員は出撃されたし。」
地下のコロニー内に警報が鳴り響く。誠は茜との会話を断ち切って、病室のドアをくぐり抜けた。去り際に一言。
「又来るよ。」
そんな誠を心配そうに、病室のベッドから見送るしかない茜であったが、内心の葛藤を押さえて、出来る限り明るく振る舞った。
「今度は、チョコレートケーキでも持って来て!」
ベッドに半身を起こしながら、茜はそう言ってみた。答えは予想の範疇を出なかった。
「今の時代にそんな物が有る分けないよ。まぁ、材料があったら作ってみるさ。」
誠には、これが精一杯の愛情表現だった。そんな誠の気持ちを理解して、茜は強気な発言をする。
「それ、食べられるの?!」
誠は、気楽な呈をして答えた。
「さあね。」
そう言いながら、病室のドアをくぐり抜けた誠は、既に戦士の風貌になっていた。
二千四百十五年、人口は八分の一まで減少していた。核攻撃により、不治のウィルスから免れた物の、世界は寸断され、各コロニーは孤立していた。何故寸断されていたかと言えば、それは核攻撃に依る、不測の現象が起きたからに過ぎない。
バイオモンスターである。放射能により、DNAを汚染された動物等が突如凶暴化して人を襲い始めた。最初は種の形態を取っていたが、恐ろしい事に異種交配がDNAの破壊により可能になってしまった。数年も経つと、混成種が激増し、動物では無く、モンスターと呼んで相応しい生命体に進化してしまったのである。当時、コロニーの人々にはこのモンスターを駆逐するすべは無かった。軍から最新自衛用マシーンを支給されるまでは。
そのマシーンとは、常温超電導モーターを装着し、生体コンピューターに馬の記憶を転写し搭載され、自立行動出来る自動二輪と、NBC兵器にも耐えられる装甲服、そして実弾の銃火器、および超振動ナイフだった。自衛用に各コロニーに八台ずつ配備され、それに搭乗する者はマシーンホース部隊と呼ばれた。誠は、そのマシーンホース部隊の隊員の一人だった。
「今回のモンスターは二匹だそうだ。」
白木隊長が緊張の面持ちでそう伝達した。四十初頭の精悍な体格をした、ベテランの戦士だ。
「助かった。三匹同時に相手するよりは楽だ、なあ坊や。」
菅野副隊長が少し緊張を解いて、誠に話しかけた。誠は坊や扱いされるのは不満だが、菅野副隊長にはよく面倒を見てもらっており、頭が上がらない。菅野副隊長は三十後半、白木隊長に次ぐベテランの戦士だ。誠は不満を隠して答えた。
「坊やは止めて下さい。この前一匹倒しましたよ。」
「がはは、あんな危なっかしい倒し方が有るか。もう少しでやられる所じゃなかったか!」
そう豪快に笑って誠の頭を軽く叩いたのは、渡辺隊員。三十半ばの偉丈夫だ。
「いえ、誠は若いのに良くやってますよ。」
そう誠を擁護したのは、武田隊員。三十前半の細身の男だ。
この五名が、このコロニーを守るマシーンホース部隊の面々だった。誠は部隊最年少の二十五歳だった。全員装甲服を着用し、マシーンホース倉庫の詰め所で待機している。やがて詰め所のスピーカーから詳細情報が伝えられた。
「バイオモンスターは東北東一キロ圏内に侵入。マシーンホース部隊出撃されたし。」
「出撃!」
隊長の号令とともに各自愛機に乗って次々に飛び出して行った。
コロニー東北東八百メートル地点。二匹のバイオモンスターを視認した。モンスター狩りの手順は確立されている。まず環状にモンスターを包囲し、銃撃で足止めする。そしてモンスターの動きが鈍った所で突撃要員が超振動ナイフでとどめを刺すのである。銃撃だけでとどめを刺すのは困難だ。頭部を打ち抜かれてもまだ襲ってくるモンスターも居るのだ。だから超振動ナイフで首を切断するのである。今回もその手順に従った。五騎のマシーンホースで環状に包囲し、銃撃を浴びせる。モンスターが近付いてくれば後退し、二輪の機動性を生かして一定の距離を保つ。モンスターが弱って来た所で徐々に包囲網を縮め、今回は二騎のマシーンホースが前後から突撃した。超振動ナイフがモンスターの首を切り落とす刹那、モンスターは咆哮をあげて地に伏した。モンスターが動かないのを確認すると、任務完了である。今度も無事任務は完了した。
「・・・、終わったな。」
隊長はそう呟いた。今回、誠は援護射撃に回った。突撃要員に指名されたのは過去一度きりだ。まだ経験不足の誠には、戦いは常に必死だ。終わったと分かった瞬間、誠は無償に茜に会いたくなった。今日も無事に生きていられたのだ。茜に無事な姿を見せたかった。
「全騎帰投!」
隊長の号令とともに、マシーンホースはコロニーに向かって駆けて行った。
コロニー帰投後、誠は自室でシャワーを浴び、早足で茜の病室へ向かった。
「お帰りなさい!」
茜は満面の笑みで迎えた。茜は上半身を起こし、編み物をしていた様だ。
「今日も何とか無事だったよ。」
誠がそう言うと、茜は言った。
「分かってるわよ、無事だって事位。貴方がそう簡単に死ぬ分けないわよ。」
茜は気丈にそう答えたが、実は誠が出撃する度に涙を流して神に祈っているのである。そんな事おくびにも出さずに、誠の前では明るく振る舞っていた。
誠はやれやれと言う呈で軽く首を左右に振った。
誠と茜が出会ったのは三年前である。当時茜は二十歳、誠は二十二歳だった。出会いのきっかけは、誠が入院している父親の面会に訪れた時、歩行補助器具を使って危なっかしげに歩いている女性を見かけた。どうやら足がまともに動かないらしい。何も無い所でよろけて、補助器具ごと倒れそうになった所を誠が抱きとめた。
「有り難うございます・・・。」
その女性は顔を上げて、そうお礼を述べた。誠はその瞬間恋に落ちた。一目惚れである。誠の口から咄嗟に出た言葉は、女性に怪訝そうな顔をさせた。
「好きです、付き合って下さい!」
女性は困った顔をした。
「あの、私貴方と初めてお会いしたばかりですし、貴方の名前も知りませんし・・・。」
申し訳有りません、と言われる前に誠は次の言葉を発した。
「僕の名前は早川誠。貴方の名前は?」
「はぁ、橘茜と申しますが・・・。」
「素敵な名前ですね。本で読んだアキアカネを思い出します。」
「それは何でしょうか・・・?」
「昔生息していたトンボです。」
女性は一瞬理解しかねた様だが、すぐに口元を手で押さえて微笑した。
「ふふ、面白い方ですね。良いですよお友達なら。私もお友達が欲しいと思っていたんです。ずっと病因暮らしだから・・・。」
「では、毎日会いに来ても良いでしょうか?」
「良いですよ、私も退屈なもので、お話し相手が欲しいと思ってましたから。」
「では、毎日午後三時に休憩室でお待ちしております。」
「いえ、病室へ来て下さって構いません。何しろ足が不自由なものですから・・・。ただし、午後三時に来て下さい。」
「分かりました。」
そう言って誠は茜を起こした。
「では、明日午後三時に。」
そう言って誠は茜を手伝おうともせずに、父の病室へと去ってしまった。誠の頭の中は春爛漫でそこまで気が回らなかったのである。それに、このコロニーには妙齢の女性が少ない。女性と出会う機会も少ないので、一気にまくしたてたのだ。友達でもあんなに可憐な女性とお付き合い出来るなら頭の中がお花畑で埋まってもしょうがなかった。父親の病室を訪れた時には、誠は大声で叫んでいた。
「やったー!」
入院している父親は何事かと驚いたものだ。
翌日から誠は午後三時きっかりに、毎日茜の病室を訪れる様になった。茜は病院の外の事を喜んで聞いた。茜は良く笑った。誠も気に入ってもらおうと、食料生産プラントの仕事を夜勤に回してもらい、日中はコロニーの中を散策し、色々な話題を収集して行った。
それから三週間余り。父親の退院を明日に控えて、誠は茜に言った。
「御免茜さん。明日から会えなくなる。」
病院は本来、家族以外面会お断りなのだ。
茜は微笑んで言った。
「良いの。こちらこそ今まで有り難う。お話面白かったわ。」
誠は焦って言った。
「茜さん、もう一度言わせてもらっても良いかな?」
「なぁに?」
「僕と付き合ってくれませんか?」
誠がそう言うと、茜は視線を落として一言。
「御免なさい・・・。」
誠は肩を落とした。
「うん、ありがとう茜さん。今まで付き合ってくれて・・・。」
茜は一瞬切なそうな表情をしたが、すぐに優しく微笑んだ。
「いえ、こちらこそ有り難うございました。お話、とっても面白かったわ。」
誠は目の前が真っ暗になった気がした。
「じゃあ、茜さんさようなら。」
そう言って誠は茜の病室を後にした。
翌日、父親の退院の手伝いの為に父の病室を訪れようとした誠は、見知らぬ医者と女性看護師に呼び止められた。
「早川誠さん、ちょっとお話がありますので面談室まで来てもらえませんか?」
医師は荘重な面持ちで話しかけて来た。面談室まで行く途中、茜の病室に入り浸っていた事を注意されるのか、と誠はいぶかしがった。面談室に入ると、二人と対面させられる様に座らされ、医師は両手をくんで口を開いた。
「早川さん。本来なら許されない事なのですが、今まで大目に見てきました。それも彼女の希望になって欲しいからです。」
誠は何の事か分からなかった。代わりに女性看護士が口を開いた。
「橘茜さんの事なんですけど、彼女今までずっと苦しんでいたんです。いつも伏し目がちで全然笑わないで・・・。それがここ最近明るくなったんですよ。何があったのか聞いても言わなかったんですが、つい三日前恥ずかしそうに、『好きな人が出来た。』と。でも昨日、病室へ入ったら泣いていたんですよ。好きな人と別れなければいけないと・・・。又以前の状態に戻るよりは、特例を作って彼女のメンタルケアが出来ればと・・・。」
誠はおぼろげながら分かって来た。
「つまり早川さん。貴方を彼女の身内として認めますので、彼女を励まして欲しいんです。」
医師ははっきり言った。誠は叫んだ。
「では、茜さんに会いに来て良いんですね?!」
医師と女性看護師は重々しく頷いた。誠は希望の光が再び射すのを感じた。面談室から出ると、早速茜の病室へと向かった。
病室のドアをノックすると、中から茜の返事が聞こえた。静かにドアを開けて、誠は病室の中へ入った。ベッドの上では、茜が驚いた顔をして両手で口元を押さえていた。
「茜さん、これからも会える様になったよ!特別に認めてもらったんだ!」
茜は安堵と嬉しさのあまり涙をこぼして言った。
「好きです、誠さん。こんな私でよければ、ずっと傍に居て下さい・・・。」
茜の語尾は消え入りそうだったが、誠には十分伝わった。誠は茜を抱きしめて言った。
「僕も大好きだよ、茜さんの事が・・・。」
誠も何時しか涙を流していた。
それから誠は足しげく病院に通い、茜との思い出を重ねて行った。茜も明るくなった。だが付き合い始めてから一年後、茜の病状が進行した。足の痺れが下半身に広がり、半身不随になってしまったのである。誠は医師に問いただした。だが医師の答えはこうだった。
「彼女が自ら話すまで待って欲しい。」
誠は仕方なく、茜に聞く事にした。誠は優しく茜に尋ねてみた。
「茜、君の病気は何なんだい?」
茜はしばらく俯いていたが、意を決した様に顔を上げた。
「・・・、神経が麻痺して行く病気よ・・・。足から広がって行って、終いには脳神経まで麻痺してしまうって・・・。」
誠は驚いた。まるで絶望の深淵を覗いた様な気分だった。
「親は?家族はその事を知っているのかい?」
茜は目を伏せている。
「・・・、家族は居ないわ・・・。」
誠は再び驚いた。茜は続ける。
「お父さんもお母さんも私が小さい頃にモンスターに殺されたわ。幸いにも親がかなりの遺産を残しておいてくれたから私は生きていられるの・・・。」
誠は強くクローニングを奨めた。
「君が死ぬのは嫌だ!頼む、クローニング手術を受けてくれ!」
茜の反応は意外にも過激だった。
「嫌よ!私が私でなくなってしまう様な気がして・・・。私は産まれたままのこの体が良いの!」
誠は女心を察して何も言えなくなってしまった。
誠は仕事を変える事にした。マシーンホース部隊に志願したのだ。食料生産プラントの仕事よりも遥かに稼げる仕事を選んだのである。適性試験に難なく合格した誠は実戦に向けトレーニングに励んだ。実戦部隊に配属されれば時間にかなりの余裕ができる。基本的にマシーンホース部隊の実働時間は短時間で済む。それ以外は招集がかかってから十分以内に基地へたどり着けるのならば何をしていても構わないのだ。茜と一緒にいる時間を多く作りたかった誠にはうってつけの仕事なのである。お金と時間、両方手に入るのだ。何処かのコロニーに大病院が残っていればそこで茜の治療法が見つかるかもしれない。その情報を得る為にもマシーンホース部隊は割がいいのである。
そして一年後、目出たくマシーンホース実戦部隊に選ばれた誠は、初実戦で初戦果を挙げた。突撃要員として、モンスターを一匹倒したのだ。初陣で突撃要員に選ばれた事は前例がないが、一番有利な位置に居たのがたまたま誠だったのだ。初戦果を茜に報告すると喜んでくれたが、内心では物凄く心配しているのが目に見えて分かった。それからなるべく後衛に徹する事にした。そして一年が過ぎ現在に至る。
茜との逢瀬を楽しんだ誠は、自室に帰ると死んだ様に眠った。
翌朝目が覚めると、整備班から緊急の連絡が入った。誠騎の生体コンピューターがストレスにより機能障害を起こしたと言うのである。残りのマシーンホースの生体コンピューターを使い修理するが、今まで学習した事を移行させたいので、軍に連絡を取り記憶転写を行うと言うのである。残りの三騎はパーツ取り用となっている為稼働出来ない。メンテナンスに二週間欲しいとの事だった。誠は仕方なく了承した。これにより、誠は二週間の休暇に入った。まぁ良い。茜と一緒にいられる時間が増えたと考えれば良い。一週間後には茜の誕生日が控えてる。その時は今度こそプロポーズをしようと考えているのだ。
午後三時。誠は茜の面会にやって来た。茜は相変わらずベッドに上半身を起こしていた。編み物はやっていない。窓外をぼんやりと見つめて誠が入って来た事にも気付かない様だった。
「どうかしましたか?お姫様。」
誠の声に我にかえった茜は、困惑の表情を見せながら答えた。
「ううん、何でも無い。ちょっとボーッとしていただけ・・・。」
誠は違和感を感じたが、口には出さず別の事を言った。
「二週間の休暇を貰ったよ。医者に許可貰って何処か遊びに行こうか?」
「良いわね・・・。」
気のない返事に異変を感じた誠は、真剣な面持ちになり茜に聞いてみた。
「何かあったのか・・・?」
茜はしばらく黙っていたが、その内ぽつりと言った。
「指が・・・、動かないの・・・。」
誠は心臓が一瞬止まりかけた。
「その事は医者に言ったのかい?」
背中を走る冷たい汗を感じながら、表面上は穏やかに茜に聞いた。茜は咳を切った様に泣き始めた。
「クローニングするしかないって!嫌よ!私が私でなくなっちゃう・・・!取り敢えず軍病院に移送して詳しい事を調べて治療するか、クローニングもそこでできるから後は本人の意思次第だって!」
誠は冷静に問いかけた。
「で、移送の時期は・・・?」
「一週間後・・・。」
丁度茜の誕生日だ。しかも誠の愛機を引き取りにくる日でもある。
「分かった、僕もついて行くよ。」
そう言って誠は茜を安心させた。茜は俯いて大粒の涙を流していた。
一週間後、誠と茜は軍病院に居た。ここまでの道のりは物々しかった。装甲車が先頭と後尾に付き、間を輸送車と救急車が護衛されるのである。道のりは長かった。
到着したら茜は早速検査に回された。検査の結果は治療不可能、クローニングをお奨めする、との事だった。他に方法が無いものか誠が問うと、医師は一つだけ提案を行った。
「無い事も有りません。コールドスリープに入り、治療法が確立されるのを待つのです。」
その事を茜に話すと、茜はあっさり承諾した。そしてこう付け加えた。
「私が居ない間に貴方が無茶をするかもしれない。だから私が監視します。」
つまり寝ている間、一緒の記憶が途切れるのは嫌だ。だから自分の記憶を誠の愛機に移植し、コールドスリープから目覚めた後、自分の分身のマシーンホースの記憶を自分に戻して欲しい、との事だった。誠は反対した。幾ら分身といえども茜を戦場に出したく無いのだ。だが誠は彼女の強い意志に負け、不承不承承諾した。
こうして茜の記憶転写とコールドスリープは行われた。