10数年前
 
心臓病で患った母が寝たきりになり
 
自分のふくらはぎの無くなった棒ような足を見下ろして
 
「これじゃあ、生きられんねえ。」とぼそりとつぶやいていた。
 
 
 
その言葉を聞いて沈んだ私の目に
 
窓の外のきれいな景色が映った。
 
 
それは、紅葉ではなく
 
きっと桜だったような気がする。
 
 
「きれいよ。」と振り返った私に
 
かろうじて取れる座位の母が
 
「見たい。そこまで連れてって。」と言った。
 
 
頭の中でどうやって母を窓際まで連れて行こうと
 
悩んでいると
 
「おんぶして。」と母。
 
私は、やせ細った母を背中に乗せた。
 
母の腕を私の両肩にかけ
 
母を前かがみで支えながら
 
1歩ずつ1歩ずつ窓まで進んだ。
 
「きれいやのお。」と母。
 
 
満開の桜だったと思うが
 
はっきり思い出すのは
 
母のあたたかいぬくもりと
 
久しぶりの母のキラキラした瞳を見たことだった。
 
 
長女の私は、母に背負われた記憶も抱かれた記憶もない。
 
小さな弟と妹が母に甘えるのを見下ろしていたばかりで
 
いつも気持ちが空っぽの女の子だった。
 
 
1回限りの母を背負った記憶は、私の一生の宝物になった。
 
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