今になって

両親ともっともっと話をしておきたかったと痛切に思います。

無性に会いたくなります。


彼らが、病の苦しみから開放されたことは

彼らが手の届かなくなったことへの悲しみを超越していました。


けれども、

年月が経つほどに

その悲しみは薄らぐものではありませんでした。


自分が歳を取ることは、

寂しさに慣れることではなく

いつまでもいつまでも

自分は彼らの子供であり続けていると実感するということでした。


それほど彼らの愛は、存在は、私にとって偉大でした。


ランナーが、オリンピックの熱い聖火を焚き続けるように

私は、彼らのやさしさとぬくもりを頭上にかざしながら

遠い道のりを走り続けています。


そんな私を両親は遠い遠いところからきっと見守ってくれている

そんな気がします。