俺、親の先祖とかさっぱり知らないなぁ〜 と突然言い出した旦那
義父の父親は岩手県から北海道に駆け落ち、という 当時には驚きの行動で来てまして、
義父の話だと なんでも岩手の地主の長男だったけど 母親が小作人の娘で親がいなくて 兄と2人で暮らしてたらしくて
その娘を愛してしまい 家を捨てて
北海道に2人で渡ってきたと。
大正時代の事です
義父は六人兄妹の4番目
姉、兄、姉、義父、妹、弟の6人
義父が大正15年 昭和元年の生まれ。
義母は 旭川で鍛冶屋を営んでいた両親との間に 姉2人で義母、弟2人の5人姉弟
母親がアイヌ人なので 義母はハーフ
だから旦那は クォーター
それを知って 旦那は少なからずショックを受けてました
なぜなら アイヌ民族はその頃、北海道では かなり虐げられていたから。 よもや自分にアイヌの血があるとは思いもよらなかったらしい
旦那の苗字は岩手県や宮城県に多い苗字で
俳優さんにも旦那と同姓同名の方がいるんだけど この方、帯広市の出身。でもオヤジは岩手県 とテレビで話してました
私の方は
父の先祖は 石川県出身。武士だったとか。
どこかの長男だった方を斬り殺し
その家から 7代先まで呪ってやる というお家柄のようで
長男、という立場になると 永くても60前後で亡くなってます
早いのは生まれて数ヶ月で、
あるいは 20代、30代で亡くなってます
母の方は 祖父の父親が富山県から財を持って 小樽へ来道し
南小樽で一番大きな材木問屋を営んでいたそう。
祖父の母親も富山から一緒に来てるので
驚いたのは 祖父は末っ子なんだけど兄や姉と12歳ほど離れていて
祖父が三歳の時に36歳で亡くなった、ということは 祖父の兄を産んだのって…17〜18歳ほど? 昔は当たり前だったんだね
祖父が13〜4歳の頃に父親も亡くなって 家は兄が博打で作った借金のため、手放してしまい 祖父はそれからは当時いた番頭さんにお世話になったのだそうです
なんか 写真でしか見たことがない祖父の両親 30代と40代で亡くなるって
昔の人って短命だったんだなぁ〜
旦那は 岩手と旭川の
私は石川と富山の あ!
私の母の母親のほうは青森県津軽の出なので 私は青森も!笑
父の母親のほうは 近江とあとはどこから来たのかわからない役者との間にできた娘です
曾祖母ちゃんは 曾祖父ちゃんの役者姿に(2枚目役者だったらしい)にすっかり惚れて 今で言う追っかけやってたそうです
ばあちゃんが
おれだっきゃ、札幌で生まれたんだ と自慢してました笑
戸籍を見たら ほんとに豊平で生まれてました!
でも 私生児になっていて
どういう事?と調べたら
曾祖父ちゃんと曾祖母ちゃん、
籍を入れてなかった!!😳
結婚したけど 昔は籍とか重要じゃなかったらしい
だから いくら調べても曾祖父ちゃんのほう、出てこなくて……
わかってるのは 名前だけ
その名前すら 役者名(芸名)かもしれない、と最近は疑っています笑
母のお店の近くで 映画館を経営していた曾祖父ちゃん
そこに父が映写技師として働いていて母と知り合ったんですけど
母が良く言ってました
あんたの根性は曾祖父ちゃん似だわ!とね。
(悪口ですよ)笑
そりゃね 曾孫だもんね笑
私が生まれたとき 顔が曾祖父ちゃんにそっくりだったそうです
あらぁ〜 じゃあ私も2枚目役者できるかしら?笑