「私たちの生活や社会構造は大激変を遂げた」なんて文字がメディアに躍る。だけど、ぼくの世界は何も変わっていない。いつ沈むかもわからない舟に乗り、社会の流れにただ漂流しているだけだ。
ぼくの元には、IT革命なんて起こらなかった。スマートフォンは持っていないし、インターネットにつなげたこともない。生活のテンポは、大あくびをしている猫よりも のんびりとしたものだ。
緊急連絡は公衆電話からかける。街のどこに電話があるかは熟知しているし、お気に入りのテレホンカードも持っている。「今どこ?」と気軽にLINEを送り合うような文化はぼくにはないが、これが実に気楽でいい。
昨日、街頭テレビで「SNSの誹謗中傷で命を絶った人がいる」というニュースを見た。ぼくにはどうしても理解ができなかった。SNSのトラブルに巻き込まれることもなければ、動画配信サイトの「おすすめ」に時間を奪われることもないのだから。
デジタルトランスフォーメーションやリモートワークといった概念とは無縁のため、できる仕事は限られる。日雇いの現金収入でなんとか命をつないでいる状態だが、ぼくの周りはそんな人間ばかりなので、孤独を感じることはない。
人間、しばらくすればその環境に慣れてしまうもので、今や不便さも感じない。帰宅後や休日に仕事のメールやチャットが届くことはなく、プライベートの時間は完全に守られている。「常に誰かとつながっている疲労感」とは無縁の世界だ。
フェイクニュースに感情を揺さぶられることもない。精神がすり減らない分、同世代の人たちよりも図太く生きられている気がする。本を読むことや、目の前の景色を眺めることへの集中力や価値が、高く保たれているのを実感する。
これからも便利さと引き換えに、「ゆとり」や「リアルな手触り」を抱きしめて生きていく。ぼくは今日も、最高の1本に火をつけた。