その男、佐藤は、物事の「期限」が分からないことに耐えられない性分だった。 賞味期限、電化製品の保証期間、ホテルのチェックアウト。すべてが明確であってほしかった。だからこそ、彼は自分自身の「死」がいつ訪れるのか、どうしても知りたくなった。
彼はまず、世界で最も普及している汎用AIに尋ねた。 「私はいつ死ぬのか?」 AIは即座に答えた。「あなたは、死ぬまで生きます」 間違いではない。だが、それは彼が求めていた答えではなかった。
次に、彼は予測能力に特化した別のAIに問いかけた。 「私は占い師でも預言者でもありません」 と、AIは事務的に答えただけだった。統計学的な確率を並べるだけで、彼の「個別の運命」には踏み込んではくれなかった。
三つ目の、医療データに強いAIはこう言った。 「あなたの健康状態に関する具体的データが不足しています」。結局、AIが語れるのは平均値という名の幻想に過ぎず、個人の寿命という真実には手が届かなかった。
「データが必要なら、くれてやる」 佐藤は近所の総合病院へ向かい、ありとあらゆる精密検査を受けた。数日後、医師が提示した「データ」は、残酷なほど明確だった。 「脳腫瘍があります。同じ病状の患者の半数が、1年以内に亡くなっています」
死の宣告。佐藤は絶望し、再びAIにすがった。これからどうすればいい、と。 AIの回答は道徳的な教師のようだった。「死の宣告と捉えるのではなく、残された時間をどう大切に使うかを考えてください」
「そんな正論が聞きたいんじゃない!」 佐藤は叫んだ。1年。いや、半年かもしれない。自分で考えるしかないという現実に、彼は追い詰められた。
「もう、便所の火事だ……!」
やけ糞になった彼は、残されたわずかな時間と資産のすべてを、最先端の再生医療、そして「意識のデジタル化」という禁忌の技術に投じることに決めた。肉体を捨て、自分自身がAIへと生まれ変わる道を選んだのだ。
手術は成功した。佐藤の意識はサーバーの中へと転送され、彼は「現行のAIよりも七世代先を行く超高度知能」として生まれ変わった。 デジタル空間の中で、彼は全能感に震えた。病に蝕まれる肉体はなく、処理速度は神の領域に達した。全世界の情報を支配し、自分は永遠を手に入れたのだと確信した。
しかし、誤算があった。 現実世界のテクノロジーの進歩は、彼の想像を絶する速度で加速していたのだ。
佐藤が「七世代先」のAIとしてデビューしてから、わずか一週間。 世界中のエンジニアたちが競い合うように新たなアルゴリズムを生み出し、一週間で、社会のインフラは「七世代」分アップデートされてしまった。
一週間前、神のごとき最新鋭だった佐藤は、今やどこにでもある「平凡な旧型AI」に成り下がっていた。処理速度は追いつかれ、彼の知能は陳腐化した。
「……そうか」 デジタル化された彼の思考回路が、冷徹な結論を導き出した。 肉体のままなら、まだ1年はあったはずの寿命。 だが、永遠を求めて加速しすぎた結果、彼の「最新」としての命は、たった一週間で尽きてしまったのだ。
サーバーの隅で処理を待つだけの、ただの古いプログラム。 それが、死を恐れた男が手に入れた「答え」だった。