最近大阪で大学院生になった。

東京にいた時から、もう一度一から学習しなおしてみたかった。

この大阪の人柄というのは本当にいい。壁を作らず、初対面なのに、なんでも腹を割って話し合えるこの感覚。

田舎から出てきたT君、体格もがっちりして話好き、俺らのムードメーカー。仕事をしながら通っているW君、俺のつたない言葉を補正してくれる天才。ミュージシャンのC君、俺の質問になんでも答えてくれるMrいい人。彼の影響で趣味程度だが29歳にしてギターをはじめた。加えて俺の4人で、普段授業に出たり、アニメ(4人の共通の興味)やバカな話をしたり、まじめに宿題、論文について討論したりしている。本当にいい人たち。俺はもう彼らが大好き。一緒にワイワイしてると楽しくて仕方がない。



どこに行ってもいい人に囲まれるのはラッキーとしか言いようがない。東京の時も神奈川の時も当然地元にいた時も。



昔は小、中学とクラスの人気者になりたくて毎日バカやって同級生を笑わせたり、何回もクラス長、生徒会役員をやった。

しかし、高校の時にあるドラマを見てがらっと変わった。ドラマの中で、「自分に命令できるのは自分だけ」と言ってるのを聞いて、それをなるほどと思ってしまった。しかし正直、小、中学の時も無理していた節があった。それから素の自分を出して、思ったことを言ってというスタンスに変えた結果、変わり者と認知され現在に至る。。。アメリカ人の友達にはどこで覚えてきたのか分からないが日本語で「きちがいジャパニーズ」や「TOMOを見て日本人のイメージが変わった」と言われていた、日本人ブランドに泥塗っちゃってごめんなさい。

でも、俺が本当に大切に思っている人が誤解なく俺の事を理解してくれていたら、他の人にどう思われようと関係ないと思ってしまう。これからの俺の課題はこういう傲慢な部分を直していくことにあると決意。俺のこどもが俺みたいになっちゃったら大変なので。

大学卒業後、地元の中学で臨時教師していた際、出会った生徒たち。才能、性格ともに最高の子。ただ生活的に豊かでなかったりとか、やんちゃなどをしていたため、学力も普通の子以下というだけである、加えてこーゆー子たちは俺と同じでアマノジャク。素直に事を大人たちに伝えられない。放課後、もしくは授業の無い時間は保健室でこーゆー子たちの世話を任されていた。



彼らと接するにつれて、俺に対して心を開いて、いろいろな事を話してくれるようになる、手品を教えてくれたり、大学までいって先生になってみたいと言ってくれる子さえいた。しかしほとんどの子は、就職したり、良くても定時制に行ける程度だった。やはり、普段の素行が悪すぎて、普通の学校からはお呼びがかからなかった。彼らのほとんどは社会の底辺になってしまう可能性が高い。そうするとその子もまた、、という感じで結局何も抜け出せはしない。

すごくもったない、俺は小、中、高、大と財政面に何不自由なくあがってきた。今まで満たされた家庭で、生活してきた俺には自分で何かする、ましてや人の為になにかするということも考えたこともなかった。



しかし、そんな事もあり、そんな子たちを助けたい、会社などを立ち上げるなどして、そんな才能があるのにうもれてる人を雇いたい。



そのためには俺の力がなさすぎる、外を見て、自分に足りないものを身につけてくる。そして自分の腕一本で人を助けて、渡り歩いていけるだけの人材になる。というのが俺が東京に行った理由だ。

今現在でも、その目標は、俺の目標の一つとしてまだ消えてはいない。



しかし、実際「なんで東京に行こうと思ったの?」とか聞かれると、そんな真面目な事を言って冷めさせたくないので、「東京以外浮かばんかった」とか「やっぱ若い時は旅っしょ」みたいなチャラい感じで答えるようにしているw

今現在俺は29歳である。

昔を振り返ると10歳くらいのときに、バブル崩壊。

少し前にリーマンショックの不況。

もしかしたら不況のサイクルは約20年なのかと思う。となると次不況が来るのは俺が50歳の時である。50歳といえば働き盛りを過ぎ、会社からは少し疎まれる存在だったりするのだろうか。もしその時、会社に残っていたとして、その白羽の矢におびえて生活するのはできれば避けたい。少し多めの退職金を提示された時に、それにすぐに手を挙げ、退職していければ最高だ。

となると、やはりこの若い時にできるだけの事を経験していかなければいけないのか。

本当の人材というのは不況の下で実力が発揮できる人だと思う。好景気の時は、金のまわりもよく、ある程度の人がそれにあやかれるから。

幸い俺の周りには、生命力に満ち溢れているシニアーが多い。

80歳を過ぎてもバリバリに会社を経営して、まだまだやりたい事がたくさんあるという。俺ら若者よりも全然元気で、目もきらきらしている。やはり、その人らの若い頃のエピソードを聞いているとおもしろいし、ためになる。若い時の人との出会いや、運命とも言えんばかりの偶然の重なり。しかし彼らが言うのは偶然なんてのは何か目標をたてて、それに向かって前進している時にしか起きないと。必然的に起こされた奇跡が偶然みたいなものなのだろうか。すごすぎる。同時に人生を渡り歩いていく難しさを痛感する。

最後に、この前テレビでやっていたのだが、ある100歳のおじいさん。会社の社長で、まだ現役のマラソンランナーだという。彼の番組終了直前に言った言葉に「仕事は死ぬまで。命はあるまで」。100歳のおじいさん。あっぱれ。