【序章:眠れる青と目覚めの刻】
誰もが一度は、宝石に惹かれたことがあるはずだ。
その美しさに、秘密があるのではと夢見たことが。
だが、夢ではない。
この世界には、宝石に宿る精霊たちが確かに存在する。
彼らは「ジェムスピリット」と呼ばれ、人と共鳴し、力を与える存在――
そして時に、世界の命運をも左右する。
だが、人と共鳴する宝石は限られている。
そして稀に、ごく稀に、複数の精霊と同時に共鳴できる者が現れる。
それを《ジェムリンクス》と呼ぶ。
夏の午後。
うだるような暑さの中、紅星ひかるはソファに沈み込んでいた。
エアコンの効かない木造アパート。バイトも課題もやる気にならず、スマホをいじる手も止まりがちになる。
「……はぁ、なーんか、こう、熱くなれるもんないかな」
独り言は、いつもなら虚空に消える。
でもその日は、違った。
――紅星ひかる。
微かに、けれど確かな声が、頭の奥に届いた。
「……え、今の……誰?」
声の正体を確かめるように、ひかるは祖父の旧宅を訪れる。
埃をかぶった木箱、鍵のかかった棚、その奥に眠る一つのサファイアの原石。
触れた瞬間、青い光が世界を包み込んだ。
その頃――東京駅のホームに立つひとりの青年が、ふと目を閉じた。
ジェローム・ブル、25歳。
彼はすぐに理解する。
「……共鳴が始まった」
ジェロームの守護宝石《クリソベリル・キャッツアイ》が、警告するように揺れた。
眠れる精霊《セリオ》が呼び声を発したのだ。
セリオ――かつて、世界を滅ぼしかけた《ラーヴァナ》を封じた存在。
安寧を好み、戦いを拒む精霊。
それでも今、ひかるを選んだ。
そして、物語は静かに目覚め始める。
アルカ・ノクス――国家の枠組みを否定し、神の秩序の名のもとに再構築を企む異宗教結社が、
再び動き出していた。
「紅星ひかる――君が、セリオを覚醒させた時。
君の戦いは、世界の均衡そのものを揺るがす」
彼はまだ知らない。
自らが《多宝の器》――世界に選ばれし存在であることを。
そして、眠れる神の波動は、静かに世界へと滲み出していた。
スリランカ、ハイランド・コンプレックス。
五十年前に封じられた《黒のダイヤモンド》、破壊神《ラーヴァナ》。
その封印の亀裂は、すでに始まっていたのだから――。

