江戸時代の浮世絵に当時の海女の姿を残すものがないか調べてみた。海女の浮世絵というと何といっても北斎の「蛸と海女」が有名であるが、あのようなあからさまな春画ではない風俗画がないか、まずは東京国立博物館のアーカイブを調べてみると、まず喜多川歌麿の「鮑取り」が見つかった。喜多川歌麿は18世紀後半を生きた絵師で、この時代は前回取り上げた韓国ドラマ「タムナ」の時代より百年の後になる。



喜多川歌麿「鮑取り」

歌麿より少し前の世代になるが、元祖・浮世絵師ともいえる鈴木春信にも「海女」と題された錦絵がアーカイブに見つかった。春信のこの絵にも、歌麿とほぼ同様、海から上がって赤い腰巻を絞る海女の姿が描かれている。歌川豊國にも、夫婦岩を背景に同様のポーズを採る伊勢の海女を描いた絵があり、どうやら、このポーズを採る女性イコール海女というふうになっていたらしい。どうでもいいが「ミロのヴィーナス」のポーズが頭に浮かんでしまった。
そもそも海女が浮世絵の題材にされたのには、八代将軍徳川吉宗が「享保の改革」を行ったことが遠因になっている。春画の制作が禁止されたことにより、浮世絵師たちは自由に裸体画を描けなくなった。その代わりに編み出されたのが、行水している女や突風に裾を煽られる、女など庶民の生活から扇情的な場面を題材にして描かれた「あぶな絵」と称される風俗画である。上半身裸で海に潜る海女の姿はありのままの姿なので、「あぶな絵」には恰好のモチーフになったのだろう。
春信の「海女」の絵で興味深いのは、柱絵と呼ばれる縦長の画面の上のほうに半身身を乗り出した蛸が描かれていることだ。この蛸が描かれたことで、「あぶな絵」の「あぶなさ」が増したように感じられる。歌麿の「鮑取り」では、海女(の絵)を観る鑑賞者は、海女(の絵)に対峙することで、見る者と見られる者という一対一の関係にあったが、春信の「海女」では、海女の裸体をこっそり盗み見る、まるで痴漢のような蛸が第三者として描かれていることで、この一対一関係が崩れ、見る者は第三者の蛸に自身を重ねて猥らな想像をしてしまう。蛸はちょうど、春画における男女を覗き見る窃視者の役割を果たしているようである。
歌麿は「歌まくら」の中に潜水中に河童に陵辱される海女を描いた絵も残している。上半分では「鮑取り」と同様に岩場に佇む海女の姿を描いているが、下半分では足元に戯れる小魚に代わって得体の知れない妖怪・河童が漁をしている別の海女を襲っている。淡水に棲むといわれる河童が海にまで遠征したのかどうかは知らないが、河童は、古来、海人にとって恐れられてきた海の危険を表象しているように思われる。この絵では、岩場の海女は春信の絵の蛸と同様に窃視者の役割も果たしているのが面白い。

喜多川歌麿「歌まくら」より (あんまり目を凝らさないように)
浮世絵元祖・春信の「海女と蛸の組み合わせ」と、天才絵師・歌麿の「海女を襲う妖怪のモチーフ」が、後年、北斎の頭の中で混じり合って熟成された結果、傑作「蛸と海女」が生まれたのではないだろうか。



喜多川歌麿「鮑取り」

歌麿より少し前の世代になるが、元祖・浮世絵師ともいえる鈴木春信にも「海女」と題された錦絵がアーカイブに見つかった。春信のこの絵にも、歌麿とほぼ同様、海から上がって赤い腰巻を絞る海女の姿が描かれている。歌川豊國にも、夫婦岩を背景に同様のポーズを採る伊勢の海女を描いた絵があり、どうやら、このポーズを採る女性イコール海女というふうになっていたらしい。どうでもいいが「ミロのヴィーナス」のポーズが頭に浮かんでしまった。そもそも海女が浮世絵の題材にされたのには、八代将軍徳川吉宗が「享保の改革」を行ったことが遠因になっている。春画の制作が禁止されたことにより、浮世絵師たちは自由に裸体画を描けなくなった。その代わりに編み出されたのが、行水している女や突風に裾を煽られる、女など庶民の生活から扇情的な場面を題材にして描かれた「あぶな絵」と称される風俗画である。上半身裸で海に潜る海女の姿はありのままの姿なので、「あぶな絵」には恰好のモチーフになったのだろう。
春信の「海女」の絵で興味深いのは、柱絵と呼ばれる縦長の画面の上のほうに半身身を乗り出した蛸が描かれていることだ。この蛸が描かれたことで、「あぶな絵」の「あぶなさ」が増したように感じられる。歌麿の「鮑取り」では、海女(の絵)を観る鑑賞者は、海女(の絵)に対峙することで、見る者と見られる者という一対一の関係にあったが、春信の「海女」では、海女の裸体をこっそり盗み見る、まるで痴漢のような蛸が第三者として描かれていることで、この一対一関係が崩れ、見る者は第三者の蛸に自身を重ねて猥らな想像をしてしまう。蛸はちょうど、春画における男女を覗き見る窃視者の役割を果たしているようである。
歌麿は「歌まくら」の中に潜水中に河童に陵辱される海女を描いた絵も残している。上半分では「鮑取り」と同様に岩場に佇む海女の姿を描いているが、下半分では足元に戯れる小魚に代わって得体の知れない妖怪・河童が漁をしている別の海女を襲っている。淡水に棲むといわれる河童が海にまで遠征したのかどうかは知らないが、河童は、古来、海人にとって恐れられてきた海の危険を表象しているように思われる。この絵では、岩場の海女は春信の絵の蛸と同様に窃視者の役割も果たしているのが面白い。

喜多川歌麿「歌まくら」より (あんまり目を凝らさないように)
浮世絵元祖・春信の「海女と蛸の組み合わせ」と、天才絵師・歌麿の「海女を襲う妖怪のモチーフ」が、後年、北斎の頭の中で混じり合って熟成された結果、傑作「蛸と海女」が生まれたのではないだろうか。