昭和十年代を舞台にした柳広司のスパイ・ミステリー連作短編集「ジョーカー・ゲーム」とその続編「ダブル・ジョーカー」がベストセラーになっている。「ジョーカー・ゲーム」と「ダブル・ジョーカー」はともに独立した短編五話構成になっていて、舞台は日本だけでなく、ロンドン③、上海④、北支⑦(支那は変更できないんだ!)、ハノイ⑧、ベルリン⑨、ロサンゼルス⑩。そして、これら十話全編に通じて登場するのは、スパイ養成学校にあたる通称「D機関」の設立者で「魔王」と呼ばれる結城中佐くらいで、一部は結城中佐すら出てこないものもある。

作者は最初に「ジョーカー・ゲーム」所載の五話:-
①「ジョーカー・ゲーム」
②「幽霊(ゴースト)」
③「ロビンソン」
④「魔都」
⑤「XX(ダブル・クロス)」

を書いて完結させた後で、続編「ダブル・ジョーカー」所載の五話:-
⑥「ダブル・ジョーカー」
⑦「蝿の王」
⑧「仏印作戦」
⑨「柩」
⑩「ブラックバード」

の執筆に取り掛かったものと思われるが、よく読むと、この二冊十話の構成はたいへん巧みにできていて、下のように順に組となった二つの話が共通性を持って、互いが鏡に映った像のような関係にあるのが判る。
『ジョーカー・ゲーム』⇔『ダブル・ジョーカー』
①「ジョーカー・ゲーム」⇔⑥「ダブル・ジョーカー」
②「幽霊(ゴースト)」⇔⑦「蝿の王」
③「ロビンソン」⇔⑧「仏印作戦」
④「魔都」⇔⑨「柩」
⑤「XX(ダブル・クロス)」⇔⑩「ブラックバード」

①⑥はともに陸軍内の「軍刀組」とD機関の「地方人」との争いがテーマ、②⑦はどちらも本格推理モノ、③⑧の電信による暗号電文がモチーフ、④⑨はD機関が黒子役の話、⑤⑩はともにD機関スパイの失敗・失態がテーマというふうに。

願わくば Diptych で終えず、Triptych を完成して頂きたい。

⑨「柩」では、結城中佐がかつてドイツで囚われて拷問にあい、脱出の際に左手を失うエピソードが語られる。冒頭の①「ジョーカー・ゲーム」で、彼の左手が義手であることが明らかになっていたが、私はこの下りを読みながら、007シリーズ初代悪役のドクター・ノオの姿をイメージしていた。ドクター・ノオは、ジョセフ・ワイズマンという英国の俳優が演じたが、東洋人風(メイク)の風貌、詰襟服、黒い手袋をつけた両手は鋼鉄の義手という姿は強烈な印象を与えたと思う。007シリーズのみならず、後年の悪役イメージにも大きな影響を与えたキャラクターだと思う(なお、自信過剰なせいか、せっかくボンドを捕まえたのにすぐに始末せず、代わりに秘密をべらべら話したりして墓穴を掘る間抜けぶりも、後年の悪役に遺伝することになるが、この点は結城中佐とは正反対である)。

折りしもジョセフ・ワイズマン氏が19日、91歳で亡くなられた。ご冥福をお祈りしたい。