松本陽子の新作シリーズは緑色の油彩で、今回の個展で初めて観た。

濃厚な緑色が一面に塗られ、一番表層には発色の良い、その分値段のはる高価なカドミウム系の顔料を原料にした明るい緑色が大面積に惜しげもなく塗られているのが目立った。羨ましい。学生時代にこの緑色が買えなくて悔しい思いをしたことがあるのだ。クロムを原料にした安っぽいビリジアンや、有機系のサップグリーンを我慢して使っていた。赤、オレンジ、黄、そして黄を混ぜた緑は、カドミウム系の色は本当に美しい。


「光は地平に輝いている」(2008)

新しい緑色のシリーズは、前回取り上げた、従来のピンクのアクリル画とは違って、溶き油で薄められた絵具が何層にも、重力に従って滴り落ちた跡が確かめられる。カンバスを壁に立てて描かれているのは歴然だろう。

私は絵を眺めながら、例によって全く別のことを考えていた。メルカトル図法で描かれた世界地図のことだ。実家に貼られていた地図を、幼児の時から見ていてよく思ったのは、南半球に比べ北半球の陸地の面積は大きく、その形が北から南にかけて絵具が滴った跡のような形になっているということだった。典型的なのは、南北アメリカ大陸とアフリカ大陸。アジアにしてもカムチャッカ、朝鮮、マレー、インド、アラビアと半島が南に向かって垂れ下がる。地中海沿岸も、南側の北アフリカ沿岸が平坦なのに比べて、ヨーロッパ側はイベリア、イタリア、バルカンと半島がいくつも垂れ下がり島が多い。スカンジナビアにしてもグリーンランドにしても同じ傾向のように思える。

南半球に旅行すると、南が上になった地図がお土産に売られているのを目にすることがあるが、あの形は落ち着かない。地図を貰っても壁にはる気はしなかった。見慣れていないせいかもしれないが、地形が重力に逆らっているように見えるのだ(北と南を決めたのは人類なのだから、本当はそんなことはないはずだが) 。

話が逸れてしまったが、ピンクの旧作を観るために美術館を訪れた私は、緑色の新作シリーズに心を鷲掴みされてしまった。画家は驚くなかれ既に70歳を超えて、全く新しい地平に踏み出したのだ。現在進行型、なんと充実した芸術生活なのだろう。重厚なる緑のシリーズはこれからどのような展開を迎えるのか。気になってしかたがない。