
(承前) T野君は暫く淋しそうにしていたのを覚えている。彼のお父さんは長期の出張が多く、留守宅には一人っ子の小学生だけが残されることになったのだ。さすがにそれはまずかろう。ということで、お祖母さんがT野家に同居することになった。
中学に上がってからはクラスが違っていたせいもあり、T田さんやT野君とも疎遠になった。小学生どうしの交流など所詮はその程度なのかもしれない。その後、T田さんは私と同じ高校に進学したが、そこでもT田さんとは同じクラスになることはなく、廊下ですれ違い様に言葉を交わす程度の仲であった。一方、T野君は別の高校に進み、以来会うことはなくなってしまった。よって、ここからは専らT田さんについて聞いた話になる。
私の通っていた高校は所謂進学校と呼ばれる部類の学校で、ほぼ百%の生徒が当然の如く四年制の大学に進学した。よって四年制大学に進まない生徒は例外的な存在だった。高校卒業後に知ったのだが、T田さんはまさにその例外的な存在になっていた。ただ、彼女は勉強が厭でドロップアウトするようなタイプではない筈。何か家庭の事情があったに違いない。私はずっと訝っていた。
それから随分経ったある日、私は母にそれとなくT田さんのことを話題にのせ、どんな事情があったんだろう。と聞いてみた。このような情報については、親の方が遥かによく通じていて、T田さんのお父さんは「スパイ」だったらしいよ。と教えてもらった。しかし、気になるスパイというのが、007 のような諜報部員なのか、単なる産業スパイなのか、はたまた北朝鮮の密偵なのか、それ以上のことを母は知らなかった。ここから私の妄想は膨らんでいく。
つづく