鏡池では、あいにく雲が出てきて陽光燦々というわけにはいかず、池の水面が鏡のように青い空と戸隠連峰を映すことはなかったのですが、たなびく雲が山々の稜線を隠すさまも、それはそれで深山に来たような気分がしていいものでした。流石に標高千mを超えるだけあり冷え込んできました。防寒着の用意のないドライブ客は長居できないようで、入れ代わり立ち代わり、やってきてはすぐ帰っていきます。そういう忙しい人たちを尻目にずいぶん長い時間を過ごしました。

ただいつまでもここにいるわけにはいきません。最終目的地の最奥にある戸隠神社奥社へ向かい、暗くなる前に奥社参道の入口のバス停に戻らなければならないのです。鏡池からは色づき始めた広葉樹の林の中を北へ向かう遊歩道を歩いていくと奥社の参道に突き当たります。この遊歩道は湿地帯にある「戸隠森林植物園」をかすめていくコースで、足元は平坦なボードウォーク、ところどころに団栗が落ちています。

しばらく行くと赤い鳥居と赤い幟の並ぶ小さな祠「天命稲荷」が見えてきました。しかし、どうしてこのような場所に稲荷神社があるのでしょうか? お稲荷さんは穀物の神で、京都に住んだ帰化人系貴族の秦氏の祀る氏神だったはず。天照大神との繋がりは多少あるにせよ、祠がこのような湿原に作られた来歴とはいったいどういうものだったのでしょう。気になりました。東京に帰ってから調べたところ、この社は昭和37年、お告げを信じた宗教家によって作られた比較的新しいものであることかわかりました。












社の傍らには燃えるような見事な紅葉がありました。




















そして、さらに進むと、苔むした一対の男女の石像が、少し距離をおいて向かい合って置かれていました。この像が意味するところはよくわかりませんが、「鬼女紅葉伝説* 」と関係があるのではないかと思いました。明日は、戸隠で第50回「鬼女紅葉祭り」が開催されます。

*)紅葉伝説(戸隠観光協会サイトから引用)
 平安の昔、承平2年奥州の会津に生まれた少女呉羽(くれは)は子の無かった夫婦が魔王に願って生まれたためか輝く美貌と才知に恵まれて育ちました。やがて紅葉と名を改めた彼女は、両親と共に京の都に上り美しい琴の名手として都中の評判になり、源経基公の寵愛を受けるようになりました。
 しかし紅葉は正妻を呪術で除こうとして事が露見し信州戸隠山へ流されてしまいますが、都への思いが断ち難く配下を集めて力を貯えます。これを聞いた朝廷では平維茂(たいらのこれもち)を追討に差し向けますが住み家も分からず、神に祈って矢を放った維茂は落ちた方角に進みます。待ち構えた紅葉達は美しく装って毒の酒をすすめたところ維茂に見破られ、鬼女の正体を現した所を討たれて果てました。


人の気配のない広葉樹林に伝説の石像が点在する。そして団栗...わたしは遠くボマルツォの怪物庭園のことを思いました。