永定土楼民族文化村の入口から近いところに、なかなか立派な風情の「天后宮」がありました。土楼観光の前にちょっと覗いてみました。天后宮というと、このブログに何度か登場した福建省起源の女神「媽祖娘娘」を祀った廟。「媽祖」は航海の守護女神で船乗りや漁師の信仰を集めた道教神ですから、一般に海の近い沿岸部に廟があるのですが、ここ永定県は内陸部、何か謂れがあるのでしょうか。


天后宮

さっそく陳さんを介して付き添いのガイドに聞いてみました。どうやらガイドの女性は最初に「媽祖」のことを説明してから「天后宮」の謂れについて話そうとしていたようで、話の腰を折ってしまいました。

「媽祖」は、宋の太祖建隆元年(960年)に、福建省興化府の官吏であった林愿の七女として生を受けた林黙娘(生後一ヶ月になっても泣き声をあげなかったため「黙娘」と呼ばれた)という実在の人で、林氏族譜にも名が載せられています。実は、この村に住む人たちも皆、林という姓を持っており、この「天后宮」は祖廟としての役割も果たしているようなのです。

ここからは憶測ですが...文化大革命時代、旧思想・旧文化の破棄をスローガンに、媽祖などの民間信仰は迷信で非科学的と位置づけられ、多くの寺廟や神像が壊されたと言います。この「天后宮」がそれ以前の建築であるならば、切支丹の「マリア観音」のように、祖廟の性格を強めることで紅衛兵の弾圧から逃れたのではないか。と思います。