最近、サンゲタンがマイ・ブームになっている Tomotubby ですが、実は、かの地が「李朝」、つまり「李氏朝鮮」であった 500年に及ぶ時代(1392年~1910年)に中国王朝の影響下で育まれた独自の文化や慣習になみなみならぬ関心があります。

李朝というと焼き物の代名詞みたいになっています。先日、ソウルの仁寺洞で骨董品めぐりなどして李朝期の白磁を買ってきました。李朝の前王朝、高麗期の青磁は芸術性が高く完成されたものだと思いますが、Tomotubby にはむしろ不完全で庶民的でどこか愛らしい李朝に惹かれます。青磁は高価過ぎて手が出ないのもありますが。李朝工芸品については、駒場の日本民藝館などに通い少しは目利きになっていたので、お店を回るのは楽しい体験でした。観光客目当てのお土産屋さんのようなお店にもこっそり骨董が飾ってあったり、骨董品の看板を出しているのにお土産品みたいなのばかりがおいてあったり、ここも玉石混交なのですが、自分の感覚で言うと、ソウルには地方より「いいもの」が集まっているのは間違いなく、それら「いいもの」のお値段は地方に比べて何割か、場合によっては倍くらい高いようでした。

焼き物の話題はまたの機会にして、今回は韓服「チマチョゴリ」の話題。チマが下衣(スカート)でチョゴリが上衣です。仁川国際空港で韓服を試着して写真を撮ってもらえるコーナー(無料)がありまして、先日 Tomotubby も挑戦しました。日本では「宮廷女官チャングムの誓い」が放映されるなどして、あの色鮮やかな韓服「チマチョゴリ」に魅せられた人も多いことでしょう。チャングム(長今)は11代王中宗に仕えた女医で、歴史書「朝鮮王朝実録」中の「中宗実録」にその名が記された実在した人物です。テレビドラマの方は首を傾げたくなるいい加減な時代考証も多いですが、時代設定は16世紀前半治世期(在位1506~1544)、ちょうど李朝の体制が綻び始めた時期です。宮廷内は新旧の派閥が権力争いに明け暮れる毎日、沿岸では一時沈静化していた倭寇(実際、日本人じゃない似非倭寇も多いです)の被害が再び活発化してきた時代でした。この後、16世紀末には、不運な歴史の元凶、諸悪の根源のように言われる、豊臣秀吉の「朝鮮征伐」があり、李朝期の「内憂外患」はますます深まっていくのでした。その過程で、李朝期の経済事情を反映したのか、チマチョゴリの形も大きく変化していくのです。丈が長く身頃もゆったりだったものが、服の生地が節約されて、胸幅、袖、袖の幅が狭くなり、チョゴリは短く小さく、チマはタイトになっていきます。チマを腰に巻きつける部分も、最初はチョゴリの下に隠されていたのですが、露出するのが流行するようになります。

その後もどんどん短くなったチョゴリ。李朝最末期には驚くなかれ、裾の部分が胸の上に来るまで短くなります。当然両胸は丸見えになるので、胸を隠すためにサラシ?のような胸当てをつけるようになります。見せブラみたいなものです。セクシー過ぎるぅ。


左から15世紀、17世紀、18世紀、19世紀~20世紀初めのチマチョゴリ。どんどんセクシーになっていく(写真は朝鮮日報より)