

レイラインに並ぶケルト人の聖地の上にキリスト教の教会が建てられたのは、征服者が被征服者の権威を廃して、その上に新しい権威の象徴を築いて優越性を見せつける、世界中どこにでも見られる示威行為であったと思われます。立派な遺跡の下を掘ってみれば、以前の権力者の痕跡が重層的に見つかることはよくあることです。モン・サン・ミッシェルの尖塔に据えられた大天使ミカエルの踏みつけた龍(或いはサタン)は、順当に考えると、ケルト人の持つ権威だったと考えられるでしょう。
一方、モン・サン・ミッシェルに祀られた聖ミカエルは、光の象徴ともいわれています。先住のケルト人は聖地の上で太陽崇拝を行っていたと言われますので、ある意味ミカエルはケルト人の崇めた神とも共通しているわけです。キリスト教への改宗を強制されたケルト人たちは、日本の隠れキリシタンが禁教下でマリア観音を拝んだように、自分たちの太陽神の身代わりに聖ミカエルを拝していたとは考えられないでしょうか?
マイケル・ラインに並ぶケルト人の遺跡は、エネルギースポットと考えられています。それらの地形は、塚、墳丘のような人口の丘、あるいはピラミッドとも呼べるようなものが多いのですが、そこには龍や蛇が残したような渦状の痕跡が遺されているといいます。龍はマイケル・ラインに秘められた地底のエネルギー、いわば龍脈のようなもので、聖ミカエルは龍脈を踏みつけることで、そこに流れる大地のエネルギーを得ていたとは考えられないでしょうか?つまりケルト人の原始宗教は地下に潜り、キリスト教の中に溶け込むことで存続することを選んだのではないかと。