最寄り駅の近くに老朽化して棲む人もまばらになった公団住宅がある。袋小路のようになった敷地の中に足を踏み入れることがなく、その存在について知らなかったのだが、そこには見事な桜の老木が植わっていた。私鉄の架線の効果に伴って駅前が再開発され、今年になって団地の裏手を通る近道ができた。そして春が訪れ、桜が満開に咲いたことで、ようやく気づいたのである。その日から、毎晩、団地の敷地に足を踏み入れ、桜の下で花を仰いで見惚れていた。桜花の下で夜宴を開くものもなく、僅かに灯の点る団地に棲む住民の姿もついぞ見なかった。静かな夜は永遠に続き、満開の桜はいつまでも散ることなく咲き続けて欲しいと思った。しかし例外などなく、一週間ぶりの雨で花は散り、葉桜となった。水溜りには妖しく光る桜色が満たされていた。

それが最期であった。葉桜になってからは団地を通ることもなく、かりに脇を通っても見上げることはなく、桜の存在など忘れていた。入梅後のある日、気づいて驚いた。見慣れた団地の建物が、半身だけ崩れ落ちたかのように、醜い断面を剥き出しにしているのを見た。傍らには、あの老木はなかった。