

名月院まで引き返すと、再び尋常ではない人の波です。先ほど寺に入るのに並んでいた人たちが、ちょうど見物を済ませて帰ろうとしているようです。少し急ぎ足で人の波をすり抜け、往路にチェック済みの「紫芋ソフトクリーム」をしっかり買って食べながら、本日最後の紫陽花の見どころ、鎌倉五山第四位臨済宗浄智寺に向かいました。
浄智寺の「じょうち」を変換していて「情痴」の字が出たので、山上たつひこを思い出してしまいましたが、「たつひこ」違いで、そこは澁澤龍彦のお墓のあるお寺です。澁澤の隣には磯田光一のお墓もあるそうです。この二人は三島由紀夫繋がりだ。と思いましたが、改めて龍子さんの「澁澤龍彦との日々」を読むと、澁澤が磯田の死について書いている一文が載っています。
この私の文章、さきごろ亡くなった磯田光一にぜひ読んでもらいたかった。ぜひ読ませたかった。磯田は私のこういう種類の文章をつねづねもっとも好んで読んでくれた批評家だったからである。磯田が死んで私は百万の読者を失ったような気がしている。
癌と闘病中の澁澤龍彦が悲しんだ磯田光一の死は1987年2月5日、奇しくも丁度半年後の8月5日に澁澤は亡くなり、同じ墓所に葬られることになったのでした。


浄智寺の緩やかな参道を上がり、かわいらしい山門に着いたのが16時30分、明月院が17時まで開いていたのでここも同じかと思っていたら、なんと迂闊にも閉門時間は16時30分でした。再び澁澤龍彦を偲ぶスポットに辿り着けず、がっかりして帰途に着きました。帰路、一日遅れになりましたが、父の日のプレゼントに京漬物を買って送りました。
→二週間後、江ノ島と長谷でも紫陽花を見ました