シンガポールから帰国してから、正体不明の「怪物」の詳細図像がネットに落ちていないかと検索していたら、香港に造られたタイガーバーム・ガーデン(胡文虎花園)を撮った写真の中に、その異様な姿を見つけました。

シンガポールの方の「虎豹別墅」が、テーマ・パークの時代を経て、修繕されたうえで無料公開されているのに対して、香港の方の「胡文虎花園」は、度重なるマンション開発により敷地が削られ、遂には閉鎖されてしまいました。セメントにペンキ彩色の塑像で構成された世にも珍しい庭園が、香港という場所に作られたことで、文化大革命による暴力を被ることなく半世紀以上を生き永らえたわけですが、それにも関わらず、今や廃園同然の状態にあるようなのです。こうなる前に、中華世界を代表する遺跡として「世界遺産」登録をして欲しかったのですが.....
この写真がいつ頃撮影されたのかは判りませんが、少なくとも Tomotubby も Pet も、香港の園内で、この「怪物」の像にはお目にかかったことがありません。写真自体も、最近では目にすることのなくなった水兵さんのスナップショットであることからして、写真は敷地が最初に削られたときより前のものではないかと思います。
実はシンガポールと香港の両方の庭園に共通して作られた像がいくつかあります。例えば、これまでご紹介した「中華英雄 林則徐」「蘇武と羊」「喜色満面 阿弥陀仏」「西遊記 花果山」「八仙」「地獄」などのテーマです。これらはいずれも有名どころであるのに対して、この「怪物」の来歴、神話が判りません。胡文虎氏が二箇所に庭園を造るにあたって、どちらにも「怪物」を置いたくらいですから、外すことのできない重要な役回りだった筈です。ただ、私たち日本人が知らないだけで、中華圏の人が見れば一目瞭然なのかもしれませんが。
シンガポール「虎豹別墅」で撮った写真をよく見ると、「一見大吉」の像の前、隣の釈迦入滅?の像の前に、線香が供えられています。これは園内の他の像の前には見られなかった光景で、そこには何がしかの信仰の感情が作用したのに違いありません。
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像の正体は、以下の台湾台北縣瑞芳鎮九分の旅行記で明らかになります。
夜の「輕便路」
「城隍廟」の「城隍神」
「城隍廟」の二将軍
「謝将軍・范将軍」の正体

シンガポールの方の「虎豹別墅」が、テーマ・パークの時代を経て、修繕されたうえで無料公開されているのに対して、香港の方の「胡文虎花園」は、度重なるマンション開発により敷地が削られ、遂には閉鎖されてしまいました。セメントにペンキ彩色の塑像で構成された世にも珍しい庭園が、香港という場所に作られたことで、文化大革命による暴力を被ることなく半世紀以上を生き永らえたわけですが、それにも関わらず、今や廃園同然の状態にあるようなのです。こうなる前に、中華世界を代表する遺跡として「世界遺産」登録をして欲しかったのですが.....
この写真がいつ頃撮影されたのかは判りませんが、少なくとも Tomotubby も Pet も、香港の園内で、この「怪物」の像にはお目にかかったことがありません。写真自体も、最近では目にすることのなくなった水兵さんのスナップショットであることからして、写真は敷地が最初に削られたときより前のものではないかと思います。
実はシンガポールと香港の両方の庭園に共通して作られた像がいくつかあります。例えば、これまでご紹介した「中華英雄 林則徐」「蘇武と羊」「喜色満面 阿弥陀仏」「西遊記 花果山」「八仙」「地獄」などのテーマです。これらはいずれも有名どころであるのに対して、この「怪物」の来歴、神話が判りません。胡文虎氏が二箇所に庭園を造るにあたって、どちらにも「怪物」を置いたくらいですから、外すことのできない重要な役回りだった筈です。ただ、私たち日本人が知らないだけで、中華圏の人が見れば一目瞭然なのかもしれませんが。
シンガポール「虎豹別墅」で撮った写真をよく見ると、「一見大吉」の像の前、隣の釈迦入滅?の像の前に、線香が供えられています。これは園内の他の像の前には見られなかった光景で、そこには何がしかの信仰の感情が作用したのに違いありません。
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像の正体は、以下の台湾台北縣瑞芳鎮九分の旅行記で明らかになります。
夜の「輕便路」
「城隍廟」の「城隍神」
「城隍廟」の二将軍
「謝将軍・范将軍」の正体