香港。--この実に異様な、戦慄的な町の只中で、私はしかし、永らく探しあぐねていたものに、ようやくめぐり会ったような感じがする。
私は今までにこんなものを見たことがない。強いて記憶を辿れば、幼児に見た招魂社の見世物の絵看板が、辛うじてこれに匹敵するであろう。その色彩ゆたかな醜くさは、おそらく言語に絶するもので、その名を Tiger Balm Garden というのである。

タイガー・バームというのは咳止めの感冒薬の名で、胡文虎氏の創製にかかり、胡氏はわが名をとったこの薬で百万の富を積み、十億円の私財を投じてこの庭を建てたのであるが、同時に有名な博愛主義の慈善家であった氏は、生涯絶やさなかった社会事業への莫大な寄附行為のほかに、特にこの庭を諸人のよろこびのために無料で解放して、あわせて庭の造り物によって、勧善懲悪の訓えを垂れようとしたというのである。庭が建てられたのは1935年のことであった。

 「虎標万金油是
  居家旅行良薬
  救急扶危功効
  宏大風行世界」

これがタイガーバームの引札で、次なる英文の、
「香港のタイガー・バーム・ガーデンにまさる東洋美の典型的風景が世界のどこに見られるでしょうか?」
というのが、ガーデンの引札であるが、少なくともこの庭が美を目ざしたものであることは明白である。
ここで私は、動機はあれほど純粋ではなくても、企図するところと方法論のきわめてよく似た、中国のエリスン、ポオの「アルンハイムの地所」の主人公の中国版を見出すのである。エリスンは言う。
「既に前に僕が述べたところにより、田舎の自然美を元に戻すという考えに僕が反対だということを君は悟るだろう。元のままの自然美というものは新たに加工せられる美に到底及ばないのだ。」
又言う。
「僕は平穏は望むが、孤独の憂鬱は望まない。・・・・・・だから繁華な都会からあまり離れぬ場所、又はその近傍が、僕の計画を実行するに最も適しているだろう。」
又言う。これは殊に重要である。
「始終見る場合に一番いけないのは広さの荘厳で、広さの中でも遠景が一番悪い。これは隠遁の感情と相容れざるものである。山の頂上から四方を望んで我々は汎く世間へ出た様に感ぜざるをえない。心病める者は遠景を疫病の如く恐れる。」
タイガー・バーム・ガーデンは香港島の中心部の崖の斜面にそそり立っているが、この8エイカーを占めるコンクリートと石ばかりの庭は、次々と視界が遮られる構成になっていて、ほとんど遠景とは縁がない。かくてまず、私は読者をこの奇怪な庭に案内しなければならない。実に奇怪で醜悪、阿片吸入者の夢のようなグロテスクな庭は、エリスンと同じ美的意図を以て造られながら、おそらくこれ以上はできまいほど見事に、美を裏切っているのである。

(昭和36年4月「新潮」所載)