宮本隆司氏については、このホームページでも「九龍城砦」の写真集のことで何度か話題にしましたが、宮本氏の20年を越える活動を振り返る国内初の回顧写真展が、2004/5/22日(土)から 7/4日(日)まで、私の住まいからも程近い世田谷美術館で開催されました。

展覧会の開始早々行ってきましたが、展示は、先ず阪神大震災の後の神戸を大画面に焼いた「神戸1995」、続いて初期の「建築の黙示録」、私の目当ての「九龍城砦」、植物が遺跡を蝕むのを写した「アンコール」、改修されるベルリンの「美術館島」、ホームレスの住む「ダンボールの家」、写真家が自らダンボールの家にピンホール・カメラを収めて撮った「ピンホールの家」、ヴェネチアの街を定点観測したビデオ作品「逆さま・裏がえし」の順で、多様な展示方法によって、観る者を飽きさせない構成になっていました。

私は、やはり「九龍城砦」に惹かれました。それも廃墟になり取り壊される写真より、人が住んでいた頃の写真に強く惹かれました。ハードカバーの図録が充実していて買ってしまいましたが、宮本さんって結構ご近所さんだったことが判明して、吃驚しました。

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以下は世田谷美術館HPから勝手に引用

「建築の黙示録」
バブル時代の東京では、中野刑務所や、日比谷映画劇場などをはじめとする、歴史的名建築物が次々に解体され、消滅していきました。宮本隆司は、東京、ベルリン、ニューヨークなど、大都会に出現した解体現場=「廃墟」を作品化して、1986年に初めて発表し、1989年には作品集『建築の黙示録』により第14回木村伊兵衛写真賞を受賞しました。このシリーズは、宮本の原点ともいえるものです。

「九龍城砦」
香港に存在した巨大スラム建築、九龍城砦は、現在では解体され、その謎に満ちた迷宮にうごめいていた人々の生活は、半ば伝説化して語りつがれています。宮本は、1987年解体前のこの迷宮に入り込み、1993年消滅に至るまでの過程を記録。今回の展示では、大量のプリントをピンナップし、その迷宮の魅力に迫ります。

「アンコール」
1991年、カンボジアのアンコール遺跡群に取材した作品。廃墟となった石造建築に植物がからまり、苔で覆いつくされていく様を写したそのイメージは、人造物と自然、生と死の対比を思わせます。宮本のこれまであまり知られなかった一面を示す魅力あふれる作品といえるでしょう。

「神戸1995」
日本を震撼させた阪神淡路大震災は、近代都市の安全神話を完全に覆しました。もろくも崩れ去る現代都市を、高さ4m50cmにおよぶ巨大プリントで現前させた宮本作品は、96年、磯崎新のコミッションにより第6回ヴェネツィア・ビエンナーレ建築展の日本館で展示され、共同出品者とともに最高賞である金獅子賞を受賞。その後ドイツ、フランスの個展にも出品され、圧倒的な迫力を見せました。本展においてこの話題作が、国内では初めて展示公開されます。

「美術館島」
1989年の壁崩壊後、東西統一ベルリンでは都市の再構築をかかげた大国家プロジェクトが進行しています。市の中心部を流れる川の中州は、そこに建つ5つの美術館・博物館群により、《美術館島》と呼ばれています。2000年、旧東ベルリンに属したこの文化複合施設の再生をめぐるプロジェクトに宮本は招待を受け、近代の歴史の中で「廃墟」となった美術館とその再生を独特の視線によって作品化しています。

「ダンボールの家」
80年代、都市の片隅に出現したホームレスのダンボールの家。宮本は、この無名の建築家たちによる極限の「家」に着目し、20年の歳月をかけて撮影してきました。東京、川崎、大阪、そしてニューヨーク、ロンドン、パリにおいて撮影された作品は、1994年に発表後、2003年には写真集『カードボード・ハウシズ』としてまとめられています。このはかなくも個性あふれる仮の住まい・ダンボールの家もまた、人生の消長を抱え込んだ20世紀都市建築の一断面を担っているといえるでしょう。

「ピンホールの家」
ダンボールの家がそのまま等身大のピンホール・カメラに。写真家は、小屋型カメラの内部に入り込み、「逆さま、裏がえし」の世界を写し取っています。2000年に初めて発表された3mを超える作品には、透明感のあるブルーを背景に宮本自身のシルエットも写り込み、不思議な浮遊感を醸し出しています。複製不可能な1点もののこのシリーズは、写真の原点に回帰すると同時に、私たちの視覚そのものが、「逆さま・裏がえし」の図像を無意識のうちに取込み、脳裏で変換しているという事象をも再確認させる装置となっています。今回は、宮本が生まれ育った街である世田谷を撮影する最新作も含めて展示します。加えて、「逆さま・裏がえし」をテーマにイタリアの街を映し出す未発表のヴィデオ作品も展示します。