年末からTVで「歴史の真相」みたいな番組がいくつか放映されました。
例えば、ツタンカーメン王は病死でなくて暗殺された。とか、
ダイアナ元皇太子妃は事故死でなくて暗殺された。とか、
ケネディ大統領暗殺の黒幕はジョンソン大統領だった。とか、
けっこうショッキングな内容ばかりでしたが、
ルーズベルト大統領は真珠湾奇襲を事前に知っていた。というのにも、驚かされました。
ルーズベルトは日本にハワイを攻撃させ、国民の目を日本に向けさせて、第二次世界大戦に参戦しようとしたというものです。その意図の通り歴史は動いたのですが、誤算だったのは、日本の軍事力を侮ったため、真珠湾で数多くの兵士や市民が犠牲になってしまったことです。
世界大戦末期、敗戦が濃厚となった日本もまた、米軍の忍び寄る攻撃の前に、沖縄を捨て石にしました。沖縄は戦場と化し、死屍累々、膨大な犠牲者が出ました。
Tomotubbyはハワイから帰ってから、いろいろハワイの本を読みました。そして思いました。
「ハワイと沖縄はどこかしら似ている」
大戦時、ハワイはまだ米国の州ではなく、メインランドの大統領は、遠い土地ハワイを自国とは考えていなかったのではなかろうか?
9・11のときも「アメリカはいまだかつて空襲を受けたことがない」というような発言があったりして、ハワイ州に格上げされた今でも、メインランドの人のハワイに対する気持ちは、案外フランス人がタヒチを想う気持ちと大差ないのではないか?と思います。
日本の中の沖縄の位置は、米国の中のハワイほどでないとは思いますが、今でも、ハワイ同様に「本土」(つまり、メインランド)という言葉が使われているし、人々の意識の中には根強く「ウチナーンチュ」と「ヤマトゥンチュ」の区別があるのも事実です。
ハワイも沖縄も「本土」の人たちにとっては、南国・楽園のイメージを持つ観光地です。ところが裏へ廻ると、どちらも楽園のイメージから程遠い「米軍基地」の島でもあります。このあたりは、ハワイと沖縄は兄弟のように似ています。
そして、どちらにも、100年あまり前、独自の歴史と文化を持つ王朝が存在していました。
ハワイでは、1893年の白人のクーデターがもとで、1810年のカメハメハ大王の統一以来続いたネイティブ・ハワイアンの王朝が、リリウオカラーニ女王の幽閉、1895年の廃位とともに、途絶えてしまいます。1898年には、遂にアメリカに併合されてしまいます。
沖縄でも、1429年尚巴志の琉球統一後、脈々と続いた琉球王朝が、ハワイに先立つこと20年前、1875年に崩壊します。これがいわゆる「琉球処分」で、王国は、明治政府により、段階的に解体されました。まず1871年に、琉球は鹿児島県の管轄下におかれ、翌年、尚泰王は琉球藩王に封じられます。最後には、武力行使によって、琉球藩は廃され、沖縄県として日本の中に組み込まれてしまいました。
ハワイ王国も琉球王国も、大国に翻弄されたあげく滅んでしまいましたが、独自の文化は世代を経て伝えられ、素晴らしい伝統は今なお生き残っています。そこには無味乾燥なリゾートとはまた別の魅力が潜んでいて、Tomotubby たち一部の旅人を惹きつけるのだと思います。
例えば、ツタンカーメン王は病死でなくて暗殺された。とか、
ダイアナ元皇太子妃は事故死でなくて暗殺された。とか、
ケネディ大統領暗殺の黒幕はジョンソン大統領だった。とか、
けっこうショッキングな内容ばかりでしたが、
ルーズベルト大統領は真珠湾奇襲を事前に知っていた。というのにも、驚かされました。
ルーズベルトは日本にハワイを攻撃させ、国民の目を日本に向けさせて、第二次世界大戦に参戦しようとしたというものです。その意図の通り歴史は動いたのですが、誤算だったのは、日本の軍事力を侮ったため、真珠湾で数多くの兵士や市民が犠牲になってしまったことです。
世界大戦末期、敗戦が濃厚となった日本もまた、米軍の忍び寄る攻撃の前に、沖縄を捨て石にしました。沖縄は戦場と化し、死屍累々、膨大な犠牲者が出ました。
Tomotubbyはハワイから帰ってから、いろいろハワイの本を読みました。そして思いました。
「ハワイと沖縄はどこかしら似ている」
大戦時、ハワイはまだ米国の州ではなく、メインランドの大統領は、遠い土地ハワイを自国とは考えていなかったのではなかろうか?
9・11のときも「アメリカはいまだかつて空襲を受けたことがない」というような発言があったりして、ハワイ州に格上げされた今でも、メインランドの人のハワイに対する気持ちは、案外フランス人がタヒチを想う気持ちと大差ないのではないか?と思います。
日本の中の沖縄の位置は、米国の中のハワイほどでないとは思いますが、今でも、ハワイ同様に「本土」(つまり、メインランド)という言葉が使われているし、人々の意識の中には根強く「ウチナーンチュ」と「ヤマトゥンチュ」の区別があるのも事実です。
ハワイも沖縄も「本土」の人たちにとっては、南国・楽園のイメージを持つ観光地です。ところが裏へ廻ると、どちらも楽園のイメージから程遠い「米軍基地」の島でもあります。このあたりは、ハワイと沖縄は兄弟のように似ています。
そして、どちらにも、100年あまり前、独自の歴史と文化を持つ王朝が存在していました。
ハワイでは、1893年の白人のクーデターがもとで、1810年のカメハメハ大王の統一以来続いたネイティブ・ハワイアンの王朝が、リリウオカラーニ女王の幽閉、1895年の廃位とともに、途絶えてしまいます。1898年には、遂にアメリカに併合されてしまいます。
沖縄でも、1429年尚巴志の琉球統一後、脈々と続いた琉球王朝が、ハワイに先立つこと20年前、1875年に崩壊します。これがいわゆる「琉球処分」で、王国は、明治政府により、段階的に解体されました。まず1871年に、琉球は鹿児島県の管轄下におかれ、翌年、尚泰王は琉球藩王に封じられます。最後には、武力行使によって、琉球藩は廃され、沖縄県として日本の中に組み込まれてしまいました。
ハワイ王国も琉球王国も、大国に翻弄されたあげく滅んでしまいましたが、独自の文化は世代を経て伝えられ、素晴らしい伝統は今なお生き残っています。そこには無味乾燥なリゾートとはまた別の魅力が潜んでいて、Tomotubby たち一部の旅人を惹きつけるのだと思います。